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小窓から入る光がオレンジ色を通り過ぎた頃。私はどうにかゴミ袋につめたそれをリビングに放り出して、薄汚れたソファに崩れ落ちた。物で溢れたテレビ台の上にはプルタブの開いたお酒が中途半端な量残っている。一時間は経ってしまったから、とっくに温くなっているだろう。

緊張状態特有の奇妙な興奮が過ぎ去れば、後に残るのは徒労感だけだった。最中は学校のことも友達のことも過ぎらず、そんなことに頭が回るようになってやっと喉がカラカラに渇いていることに気がついた。
しかし、あの男が家にいてこんなにも静かだった日がかつてあっただろうか。母がいた頃だってなかったかもしれない。
沈黙が己はやり遂げたのだという事実を突きつける。私は勢いのまま、飲みたいと思ったこともないアルコールに手をつけた。

ここ数年で嗅ぎなれてしまった臭いだけを吸い込んで、これをよく飲んでいた男の事を想う。そして妙に寂しくなった。私の行いが非難されてしまうかもしれないことに気がついたからだ。それはとても不条理な事だった。

感謝なんて腹も膨れないものを向けられて、一体これまで何匹の家畜が屠殺されたのだろう。箸にもかからない嗜好品のために何匹のラットが生贄になったのだろう。
今も命なんて星の数ほど生まれては消えているだろうに、それが一方的に人間の都合で否定されるのは、なんだか納得がいかなかった。

だって、所詮私たちは奪われることを恐れて奪わないだけだ。あいつは私を侮っていた。だからこうなってしまった。言わば私は割を食わされた被害者だった。
アルコールが回っているかも分からない頭で冷静に考えた。私は貧乏くじを引いたのだ。悲しいがどうしようもないことだった。けれど世間はきっと納得しないから、これは隠さなければならない。

死んでしまった男への憎しみはもうなかった。彼は死をもって償ってくれたのだから。私はろくに弔われることもないだろう男を想って涙を流した。この男のために泣くのは、世界中を探しても私だけだろう。死に際に立ち会ったのが私で幸せだったのかもしれなかった。

世界中の虫や家畜や、目の前のそれ。可哀想にも消えてしまった小さな命の冥福を祈って、残りのアルコールを一気に煽った。


『小さな命』

2/24/2024, 3:13:29 PM