目を開ければ、極彩色の世界。
上か下か。境など何もなく。
前か後ろか。選択に迷う事もない。
ただここに有る事が求められる、不可思議な箱庭。
極彩色の道なき道を気紛れに彷徨う。
眼に重なり視えるものはない。果てのない色彩と、落書きのような数多の扉。ひび割れた隙間の先に垣間見える虚無。
「あれ?お姫さんじゃん。おひさー」
声をかけられ、振り返る。
記憶にない誰か。足取り軽く、くるりと回り目の前に降り立った。
「ん?姫さん、なんか違う?」
首を傾げ、こちらを見上げ。
暫しの沈黙の後、心得顔で頷いた。
「あ、あれか。まだ鳥籠の卵の中身か。ならば初めまして。ごきげんよう」
大仰に礼を一つして。にんまりと笑みを形作る。
「ここはマヨヒガ。人間達に合わせて新しく作り上げた、電子の海を揺蕩う新しい迷い家」
嬉しくて仕方がないのだと。全身で表しながら、くるりくるりと辺りを飛び跳ねる。
「人間がさ。俺さんの所に来なくなってさ。退屈で退屈で…だから待つのはやめて、会いにいく事にしてね。んで次いでだから中身も大きく変えたんだけど、どう?」
上に。下に。自由に動き回り屋敷の感想を求められる。それを視界の隅で見遣りつつ、改めて迷い家を見渡した。
極彩色。扉。
かつて視た、山奥に佇む屋敷にはほど遠く。屋敷の主の面影はなく。
遠い未来《さき》に在るモノに、過去《いま》が告げられる道理なぞありはしない。
況してや迷い家曰く、この身は未だ籠の卵の内にいるのだから。
「姫さん。そろそろ卵にお戻りかな?それなら次は卵が割れてから。んじゃ、さいなら」
手を振り去る迷い家の主を見送り目を閉じる。
夢の終わりが近かった。
目が覚める。
見慣れた暗闇。卵の内側。
昏昏と眠り続ける、片割れ。
死と生が重なり存在する隔離された空間。
鳥籠の卵の中身。
言い得て妙だと笑う。
片割れを死なせぬように咄嗟に創り上げたここは正に卵の中。卵が割られる事がない限り死ぬ事も生きる事もない、擬似的な永遠。
鳥籠の鍵は兄弟でも開けられはするが、卵を割る事が出来るのは己と片割れの二人だけだ。
片割れの隣で横になり、目を閉じる。
さて愚弟はここを、どれだけ正しく視ているのだろうか。
視えたとして、結末は変わらないけれども。
意識を沈め、外を視る。
終焉は変わらない。
未だ生まれ落ちる事のない雛は、その時を。
目が覚めるのをただ待つだけだ。
20240711 『目が覚めると』
7/11/2024, 10:06:50 PM