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“好き嫌い”


アイツのことは嫌いだ。大嫌いだ。
顔を合わせれば小言の応酬、口喧嘩にあっちが勝てば憎たらしい笑みを浮かべて腹が立つしこちらが勝てば次は手が出てくるような子供みたいなやつだ。
見た目は触れたらヒビが入りそうだと思うくらいに繊細で薄っぺらなのに、驚くほどガサツでぶっきらぼうで短気で。とにかく俺が苦手な人間像を外見から内面まで全て詰め合わせた様な男だ。
なんでそんなやつと部屋が隣なんだと頭を抱えたこともあったが、アイツは俺の顔さえ見えなければ部屋で癇癪を起こすこともなく案外上手くいっていた。
怒りっぽいわりに怒りが長続きしないヤツなのだろう。
いつまでもネチネチウジウジと一人反省会を繰り返しては自己嫌悪に陥る俺からすると、その一点だけは心の底から羨ましい。
でも嫌いなものは嫌いだ。
そんな嫌いなやつの部屋の真ん中で俺はどうしたら良いかわからずに突っ立っている。
……なぜ。

「何突っ立ってるんだ?座れよ」
「……あ、ああ……?」

立ち尽くしている俺を不思議そうに見上げてくる隣人の手にはなぜか鍋。ホカホカと湯気がたっていて、食欲をそそるいい匂いがする。
……なぜ鍋?

ちゃんと用意されていた鍋敷きの上に、ガサツらしく中の汁が跳ねるほどの勢いで鍋を置いたアイツがキッチンに戻っていく。
何か手伝うべきか?と思ったが、さきほど早く座れと怒られたばかりだしなあと座りなおす。

彼の部屋は思いの外シンプルに纏まっていた。
明度の低い寒色系で揃えられた家具や小物たち、壁一面どころか窓際まで歩けなくなるほど積み上がった書籍と紙の束。シンプルだけど、やっぱりガサツだ。
彼はいったい何の仕事をしているんだろうか。ぱっと見る限り俺の専門分野とはかすりもしない様でさっぱりわからない。
大学の教授とかだろうか。

キッチンからは彼の楽しそうな鼻唄が聞こえてくる。
こんなにご機嫌な彼の姿は初めてだ。
大嫌いなヤツなのに。大嫌いで仕方がないはずなのに。
やっぱり彼の鼻唄だけは好きだなあ。
鼻唄が止んで、湯気越しに彼が顔を出した。
目が合うとちょっとだけ眉間にシワが寄るものの、やっぱり機嫌が良いようで、酒とグラスを二つ手に持って俺の向かいの席に座った。

「酒、飲めるよな?」
「……あぁ。ありがとう」

いただきます。と二人手を合わせて鍋をつつく。
顔を合わせれば喧嘩ばかりの嫌いなやつだけど、やつの歌と一緒に食べる鍋は悪くない。と思う。

6/13/2024, 9:21:17 AM