「やるぞ!やるぞ!やるぞ!オー!!!!」
みんなの右手が空気を突き上げると
むさ苦しい熱気が舞い上がって吐きそうになる
「いいぞ!次は誰だ!?さあ、聞かせてくれ!!」
エイプリルフールだと信じたい
今どきこんな号令をかける会社があるのか
そして何より、
私の入社を歓迎している会社がこれだなんて
ーバチッ
最悪だ
「そこの君、やる気はあるか!?
あるなら、こっちへ来て!号令をかけてくれ!」
最悪なことに主催者と目が合ってしまった
エイプリルフールってことで勘弁してください、
と突っ込みたくなる気持ちを抑えて
ため息混じりで前に出ると
人の目がゾロッと私に集中する
緊張する質では無いが、
こんな男どもの前で号令をかけて
楽しいことなどひとつもない
とっととそれらしく終わらせて席に戻ろう
ー
「あの、さっきの号令の人ですよね……」
入社式終わりの立食パーティで、
鮮やかなピンクのカクテル片手に私に話しかけてきたのは、カクテルに浮かぶ桃のスライスのように控えめで愛らしい女の子だった
返事の代わりにニコリと微笑むと
彼女の頬がカクテル色に染まったような気がした
「よかったらご一緒してもいいですか」
もちろん、と返すと彼女が安堵したような声を出す
おっ、これは
私の中で期待の種が芽吹き始める
「さっきの、すごく素敵でした。ほら、この会社、男の人が多いし、さっきのあれも怖くて……私、この会社入ったの間違いだったかなって、思ってたんですけど、あなたみたいな人が同期でいるなら、がんばろうかなって……て、私何言ってるんだろ。ごめんなさい!」
「続けてくれてよかったのに」
先程の耳を塞ぎたくなる男の声とは違い、
この子の声ならいつまででも聞いていたい
こんな素敵な子があの中に埋もれていたなんて
私の声を聞くと、
一瞬彼女は弾かれたように目を開き、
ポツポツとまた続け出してくれた
「さ、さっきも思ったんですけど、女の人、なのにすごくかっこいい声してるんですね、見た目も、お化粧してるのに格好よくて……すごく素敵。前に立った誰よりもかっこよかったですよ…」
そこまで言って彼女は
夕方にしぼむ朝顔のように俯いてしまった
これはこれは
「どうもありがとう
私も、あなたみたいな優しい子と出会えて嬉しい」
私みたいな属性の人間は、
普通の女の子に褒められただけで
それまでの嫌なことなど吹っ飛ぶくらい嬉しくなってしまうのだ
今、この子が持ってくれている私への好意が
エイプリルフールなんかで誤魔化されないように
徹底的にスマートに振る舞うことを決めて口を開いた
4/1/2023, 11:46:52 AM