兄が死んだ。
誰にでも優しくて、誰にでも親切で、誰もが憧れる理想の兄。
共働きだった両親の代わりに、年の離れた私の親代わりをしてくれてた。
自分だって自由に遊びたい時があっただろうに、私を優先して、自分のことはいつだって二の次三の次だった。
「私も子どもじゃないんだし、好きにしていいんだよ?」
高校の帰り道。
仕事帰りの兄がいつも待ってくれていた。
職場の付き合いだってあるだろうに、いつも18時30分には必ず大通りの交差点で待ってくれていた。
「俺が好きでお前の世話してるんだよ。兄ちゃんの楽しみに付き合ってくれよ」
そう愛おしそうに私を見る兄に嘘はなかったと思う。
「明日は友達と遊ぶから、待ってなくていいからね」
突如鳴り響いた急ブレーキの音。スローモーションに見えた世界で兄が驚いた顔をして、私を強く突き飛ばした。
兄の軋む体が突っ込んできたトラックに跳ね飛ばされる光景が、コマ送りみたいに一瞬。
甲高い悲鳴に我に帰れば血塗れの兄が地面に横たわっていた。
「お兄ちゃんっ!!」
泣き声より叫び声に近い私の声に兄はかろうじて私の姿を捉えた。
「…ぶ、じ…?」
「私の心配より、自分の!あ、あっ、きゅう…救急車…呼ば、呼ばな」
「だ、い…じょぶ。お前に、け…が…がなく、て、よかった」
「お兄ちゃんはそれでいいの!?私の面倒ばっかり見させられて!今日だって私さえ待ってなければこんな事故にだって遭わなくて良かったのに!!なんで、いつも、…お兄ちゃんは、それでよかったの!?」
「お、れは…1度だって、面倒、だなんて…思ったこと、ないよ。いつ、も、俺の…わ、が、ままに…付き合って、くれ、て…ありがとう」
遠くで鳴るサイレンの音に、兄の声がかき消される。
最期に兄が私の名前を呼んだ気がした。
周りの喧騒とサイレンの音に混ざって、聞こえないくらいの小さな声で兄は、大切な宝物のように私の名前を呼んだのだ。
4/4/2024, 3:51:58 PM