「お前の父ちゃんな、お前を担保にして逃げてしまってん。ここからが本題な。お前には三つ選択肢があんねんけど、どないする? 一つは、角膜と肺を売って金を返す。二つ目は、知らんおっちゃんの相手してコツコツ返す。三つ目は、俺と逃げる。好きなん選び」
「どれでもいいです。あなたの好きなようにしてください」
「他人に権限を委ねるっちゅーことは、最悪な選択されても断らんと従わなあかんくなるんやで? そんなんでええの? 今やってそうやん。実のお父ちゃんにええようにされてねんで? 自分が置かれてる状況を理解できてんのか?」
視線を地面に這わせたまま頷く少女を健気に思った青年は、腕を掴み、誰も知らない場所を目指す。
情が湧いたのだ。今に始まったことではない。幾分も前から、職業上らしからぬものを胸に抱いていた。何度もこの仕事は自分には向いていない、今すぐでも辞めてしまおうという気持ちがあった。しかし、この仕事をやめれば、少女の生息がわからなくなってしまう。それだけが気がかりであり、足枷になっていた。そんな葛藤も少女の手を取った瞬間に粉砕したわけだが、今度は別の葛藤に苛まれている。逃亡という苦しい手段を取らずとも、もう少しやりようがあったのではないかと思わずにはいられないようだ。とはいえ、青年に選択肢はなかった。この仕事が向いていない青年は、この仕事をする他がなかったから。向いていないという苦悩を抱きながらも、続ける以外の選択肢がない自身の人生を恨んだ。そういう星の元に生まれてしまったことを。努力をしなかった自身を。
「こんなことになってしまうってわかってたら、もう少し真っ当に生きてたのに。できてたはずやのに。なんでずっと逃げるばかりを続けてしもうたんやろうか」
青年の後悔が、とうとう口を突いて出た。
一方、少女は心ここに在らずと言った面持ちで、車窓の向こうにある景色を眺めている。
「お前の父ちゃんは、お前よりも金のが大事やったんかな」
それは独り言のようであって、語りかけているようでもあった。
「疑問に思うまででもありません。答えは明白です。だって、姿を晦ましたということがすべてですから」
少女の繊細な睫毛が微かに揺れている。込み上げてくる感情を、涙を堪えているのだろうか。表面上は飄々としているが、その実、心を痛ませているに違いない少女を追い詰めるようなことを無神経に口走ってしまった自身を執拗に苛んだ青年。
「ごめんな。今のは空気読めてへんかった。そもそも訊くようなことちゃうし。ほんま悪かった」
「わからないです。あなたが謝る意味も、膨大なリスクを背負ってまで私と逃げる意味も」
「悩むこととちゃうぞ、そんなん。めっちゃ単純な話やで。俺にとって金よりも大事なんは、お前ってだけ。そんだけのこと」
「……前から思っていましたが、あなたに取り立て屋さんは向いてないような気がします」
「せやから辞めてん」
執念深い奴らを敵に回した以上、永遠というのは無理なものだが、この逃避行がなるべく永く続くようにと胸に浮かべ、互いに祈る青年と少女であった。
3/9/2024, 8:05:09 AM