Open App

「私と姉は腹違いの姉妹で、歳は八つ離れていました」
あの時の女の妹だと名乗る人物が訪ねて来たのは、つい一時間前の事だ。同級生だという少年も一緒だった。

「姉が亡くなって一年はあの村で過ごしました。でも、私が小学校を卒業した年、両親に連れられてあの村を出ました」
少女が真っ直ぐこちらを見て話す。
「あなたも被災して、この土地まで避難してきた。偶然とはいえ、彼女と同じ土地に」
そう言いながら、少年が一枚の写真を机に置いた。
墓の写真だった。墓前に添えられた花は、自分が置いた物だと男はすぐに気付いた。
「廃村になったあの村に、今も変わらず足を運び花を添えている人はそうそう居ません。あなたは今も姉を忘れずにいてくれているのですね」
少女の目が潤む。いつの間にか男の目にも涙が浮かんでいた。

「………わたしがした事は間違っていたのだろうか……」
遺族である少女に聞くべきではないと思いながらも、男は聞かずにはいられなかった。
少女はすぐには口を開かず、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「姉は目が見えませんでした。両親……特に母親は、姉の将来について酷く悲観していました。良い教師に巡り会えたおかげで学校生活はそれなりに送れていたみたいですが、卒業後の進路について、母はよく父と揉めていました」
そこまで話すと、ぐっと口を継ぐんだ。涙を堪えているようだった。
「……姉は周りに迷惑をかけていると思っていたみたいです。誰の手も借りずに暮らしたいと言い続け、高校卒業後にアパートでひとり暮らしを始めました」
質素な部屋だと思っていたが、あの女にとっては念願の生活だったのだと、男は何ともいえない感情になった。

「週に一度、母が部屋を訪れるという条件付きでした。でも、母が体調を崩し何週間か寝込んでしまって……姉も一度家に帰って来たのですが、母が気を遣って姉をアパートに帰しました」
あの時だ、と男は思った。女が、恐らくは父親と電話で話していた日時よりも早く戻って来たのは、そういう経緯があったのだと納得した。

「……姉が自ら死を望んだのなら、あなただけに責任があるとは思いません」
少女は涙をこぼしながらも、力強い瞳で男に言った。その瞳に答えるように、男も口を開く。
「わたしは最後まで迷った……。それまでの人生も、決して人に誇れるものではなかったが、人を殺めてしまえば確実に一線を越え、もう戻って来れないと……」
話す途中で女の顔が浮かんだ。
耐えられなくなり、思わず畳に頭を擦り付ける。
「申し訳ございませんでした………」

少女は、そんな男の後頭部を肩を震わせながら見ていた。少年が少女の背中をぽん、と叩く。
窓越しに猫がその様子を眺めていたが、そのうち飽きたのかつまらなそうに、にゃん、と鳴いて何処かへ歩いて行った。

7/2/2024, 9:36:42 AM