結城斗永

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 僕は彼女に送るメッセージを途中まで入力して指を止める。変なことを入力してないか、言葉が足りなすぎやしないかと不安になっているところに、僕の中の現実主義な部分が話しかけてくる。
「おいおい、まずは結論からってのが定説だろ? だから、冒頭は『一緒に住みたい』だ。そして、相手を納得させる条件が必要だ。家賃はこっちが出す。部屋は別々にするし、いま住んでる家より職場も近くなる」

 そこに直感的な部分が口出しをする。
「ちょっと待ちなよ。そんな不動産チラシみたいな誘いで一緒に住みたくなると思う? 『一緒に住みたい』だけでいい。そのあとはあまりに現実的すぎるよ」
「それだけじゃ相手は納得しないだろ。もっと納得できる理由がないと」
「彼女を想う気持ちとか、彼女のこちらに対する気持ちとか……。あるでしょ、そういうの」
「ふん、そんな不確実なものに意志を委ねるなんてバカバカしいな。もし、相手にその気がなかったらどうする? 傷つくのはお前だぞ」
「傷つきたくないのは分かるけど、家賃とか持ち出されたら、まるで興冷めじゃない」
「じゃあ、それ以外に相手を納得させられる条件はあるのか?」

 ふたりの口論がヒートアップする。僕はそれを遮るようにふたりに告げた。
「僕はただ、帰る家に彼女がいてくれたらうれしいんだ」

「いや、それはマズイ。あまりに利己的だ。まるで『俺のために家にいろ』って言っているようだ」
「それはあまりに曲解だよ」
 再びふたりの話は平行線を辿る。

 僕は、ふたりの意見を考慮しながらスマホの画面上に指を動かす。
『結論から言うと、一緒に住みたいんだ。
 帰る家に君がいてくれると嬉しいから。
 でも、誤解しないでほしい。僕は仕事をしてる君が好きだから、家にずっといてくれってことじゃないんだ。
 職場までも今の家より近くなるし、家賃に関しても君に負担をかけないようにするよ。
 僕は君と一緒に暮らしたいんだ。考えてみてほしい』
 そこまで文字を打ちこんで、僕は大きくため息をつく。

「彼女をもっと信じてあげたら?」
 直感的な部分が言う。
「言葉足らずで誤解されたらどうする?」
 現実主義の僕が問う。
「彼女はそんな子じゃないよ」
「お前は楽観的すぎる。誤解されてからでは遅いんだ」
 僕の中でふたりが言い争う。

「ふたりともケンカしないで」
 僕は直感を信じて『一緒に暮らさないか?』の十文字だけで送信ボタンを押す。
「おい、本気か? 俺は不安で仕方がない」
 現実主義の部分がうろたえる。
「うん、それでいい」
 直感的な部分が大きく頷く。

 しばらくして彼女からの返事。
『突然のことでびっくりだけど、うれしい』
 僕は小さくガッツポーズをする。そして、僕の中の現実主義な部分に声をかける。
「ここからは君の出番だ。僕と彼女、ふたりの不安を埋める作業は君にしかできない」

 僕の中にいる『ふたり』は全く正反対だけど、どちらかが欠けてもいけない。僕は、彼女との『ふたり』の関係を、僕の中の『ふたり』と一緒にこれからも続けていく。

#ふたり

8/30/2025, 1:55:27 PM