昨日の夜、やっと届いた予約した本に没頭したせいで私は寝不足だった。授業中に船を漕ぐくらいには睡眠欲求が高くなってしまい、先生に訝しげな視線を向けられる。
そんな日だったから、レポートを進めておこうと訪れた図書室で寝てしまうのも仕方ないと思う。
「おい、起きろ。ここで寝るな。」
揺さぶられた振動で目を覚ます。図書室に置いてある本を下敷きにしていたとこを見るに、読んでいる間に寝落ちしてしまったようだ。まだ完全に起きていない脳で誰だと考えるが、声では誰かわからない。そこまで聞き慣れていない声であることは確かだった。
「はぁい、おはよ。」
ぼやける視界でどうにか捉えた人物は、机に頬杖をついたままサングラス越しにじっとこちらを見つめている。その丸いサングラスには見覚えがあった。
たしか、
「グラサン先輩。」
「ふざけた名前呼んでねぇでさっさと起きろ。」
嫌そうに顔を歪めてトントンと机を指で弾く。サングラスをかけた不思議な先輩は、図書室に通い始めて半年経った頃からよく顔を合わせるようになった先輩だ。随分とチャラそうな格好と口調である彼だが、根はとても真面目な優等生である。一見するとただの不良なのでよく絡まれているようだが。
深いため息をついてから先輩は頭をガシガシとかくと手を差し伸べてきた。どうやら早く寮に帰したいらしい。
「起きたのでもう少し読みます。」
「クマすげぇんだから帰って寝とけ。ガキは寝ることが仕事だ。」
「その理論だと先輩も帰ることになりますよ。二歳しか変わらないでしょう。」
「うっせぇ。」
相変わらず口の悪い。先輩の後ろの窓に目を向けると、外は既に暗くなっていた。まさか夕食食べそびれたか?と若干不安に感じつつも、まぁ部屋にあるカップ麺でいいかと諦める。今日のデザートなんだったんだろ。
窓から先輩に目線を戻すと、少し眉間に皺を寄せた表情が見えた。琥珀色の瞳が黒のサングラスに隠されているのが残念だが、今はそんなことを言っている場合では無さそうだ。
考えにふけっていた私に、とうとう痺れを切らした先輩は私の腕を緩く掴むと少しだけ上に引き上げる。どくやら本当に帰らせたいようだ。ここまで来たら仕方ない。短気な先輩が怒る前に帰ろう。それが可愛い後輩の勤めだ。
立ち上がった私になんか失礼なこと考えてねぇ?と聞いてくる先輩になんてことない顔をしていいえ?と答える。納得のしていなさそうな表情をしてから彼は私の持っていた本を取り上げた。
「これ持ち出し禁止の本だろ。戻しとくから。」
「そういえばお兄さん元気ですか?」
「突然なんでその話になったか知らねぇが。次その質問したらぶっ飛ばすからな。」
女性に使うには随分と乱暴な言葉遣いではなかろうか。先輩にそういうものは求めていないし彼らしくていいとは思うが少し心配になる。私と違って良いとこの子の先輩は家がマナーについて厳しいと思うから。
というか、前から思ってはいたが先輩は兄に対して過剰な反応をする節がある。彼とって兄がどういう存在なのかは知らないが、今の反応を見るにコンプレックスのようなものなのだろうか。
鋭く睨みつけてくる瞳に、キョトンとした自分の姿が映り込む。特に怖くは無いなと感じていれば先輩は直ぐに今までの鋭さを引っ込めて本日二度目のため息をついた。
「とりあえず寝ろ。勉強なら今度見てやっから。」
「ほんとですか。なら生物学のレポート見てください。今度の土曜日までに先生に提出しなきゃなんです。」
「わかったわかった。」
手のかかる後輩だな。と呆れた顔をする先輩だが、その顔は満更でも無さそうだ。この人意外と面倒見いいんだよな。薄く笑う先輩に、じゃあおやすみなさい。と言って頭を下げる。すると、おもむろに伸びてきた手のひらが私の頭に乗って、目の前の先輩が笑った気配がした。
「おう、また明日な。」
【目が覚めると】
7/10/2023, 2:55:21 PM