こはる

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一輪の花がある。
道路に置かれた一輪の花だ。
愛らしい少女が居た。隣の家に住んでいる少女は、とても礼儀正しく優しい子だった。
もうあの頃の君は何処にも居ない。
もう伝えられない、愛の言葉を。道路に咲く一輪の花を摘んで水の入ったペットボトルに挿す。
「愛してました……」
「あら?***さん?」
目を見開いた。チョコレート色が光に反射して黄金に輝いていて目に焼き付く。
「もしかして……」
少女は僕の同級生だった。
そして、僕の初恋でもあった。彼女はきっと僕の事など覚えていないだろう。
友達ですらないかもしれない。
単なる知り合いだと思われていたかもしれない。
それでも、僕は覚えていたのだ。
何故なら彼女は僕を助けてくれた恩人だ。

いじめっ子集団に囲まれていた僕の目の前に立って恥ずかしくないのかと怒った彼女は、嘗て夢に見たヒーロー番組の主役のようで、憧れた。
同時に情けなくもなった。その後、彼女と登下校を共にするようになって、彼女が一輪の花を指さして言った。
「私、この花が好きなの」
そう言った時の彼女の顔が、とても可愛らしくて、どきり、と胸が鳴った。僕は歯を食いしばる。彼女に守られてばかりではいけないと思った。
習い事を始めたのはそれからだ。強くなって、漸く一人前と認められた頃だった。
僕は彼女の好きな勿忘草を摘んで告白しようと決心した。直後だった。彼女の転校を聞かされたのは。

こんなちっぽけな花でも喜んでくれるだろうか。
強くなった自分を認めてくれるだろうか。
あの日のお礼を今更だと言われてもしたかった。
別れは突然で、受け入れられなかった。今生の別れでもないのに次会える保証はなくて、今見ても彼女は僕のこと分かってくれるだろうかと不安になる。

そんな日々をもう何年も続けた後だった。
ようやく君と再会できたのだ。彼女は愛らしい少女から美しい女性へと変わっていた。
すらりと伸びた長い脚、ほっそりとしたシルエットは女性らしさを際立たせている。
そう。あの頃の君はもうどこにもいなかった。
「好きです、好きです……」
随分と変わってしまった。お互いに。
それでも変わらないものもある。
あの頃の弱い僕ではないのに声が震えた。
彼女の優しい笑顔はあの頃のままだ。
「どうか、僕と付き合ってください」
必ず幸せにする。何からも守ってみせる。
君が嘗てそうしてくれたように。
驚いた目をして、彼女はすぐ微笑んだ。
「喜んで」
覚えていてくれていた。嬉しかった。
単なる知り合いでも、友達でもないのだ。
今日、君と僕は恋人になった。

2/24/2025, 2:19:07 PM