どうしようもないことが嫌だった。
幼い頃からどうにもならない事を叶えられないと言われるのが、出来ないと言われるのが、とても嫌だった。
どうにか出来るはず、
視点を変えるんだ、
工夫をすればなんとかなる。
そんな事を浅はかにも思い続けていた、でも私には足りないものばかりだった、あんな事を思い続けていくには知識も経験も浅くて、上辺だけの考えだったんだ。
気付いた時には壊れてるおもちゃみたいに、私の考えもそうだった、虚しくて何も感じなくて
それが大事だった事も忘れて、日だまりに置いてきたものだ。
どうにもならない事は普通にある。自然が時に残酷で人の気持ちに喘ぐものでは無い、自然にはルールがあり偶然の連載という理論があるのだ。それに勝手に反してるのは人間であって、勝手に人間関係に名前を付けてそれに対する役割を決めつけているのだから、
世界は進む度に自然のルールを無視している、本能を無視している。気持ちや体の問題で増える多様性だったり倫理観、人間が動物と同じじゃないなんて、どんどん離れてるのは自分達だ。
首を絞めていく、簡単な生物でしかないのに、複雑だと開かないドアを叩くように言い合っている。
自然はただ、ルールに従っただけだ。
私の腕の中にいる赤子の存在がとても憎らしくても悲痛な存在であっても、自然はルールを無視してない。夫が悪いのか、いやどうだろうな、
いや分かりたくもないんだ、理解したくもないんだ、
もう何も考えたくない、悲しい気持ちになるくらいなら出会わなければ良かった。
そんな事を考える私はきっとバカなんだろうな、
この子の首を絞めれば、ころっと絞死んでくれるだろう、水に落とせば溺れて死んでくれるだろう。
分かっているさ、この子はただ生きてるだけ、産まれただけ、何も知らずにいる、でも、憎らしい悲しい、どうすればいいのか分からない程に残酷だ。
もう何も見たくない、聞こえなくなった。
夫と不倫相手との子なんて、見たくなかった。
私が悪いのか?否定し続ける事でしか今は咎めることを許されない。
不安が解ければ、深海の音のように聞こえはしないだろう。
題名『咎める真実と心壊』
11/30/2025, 9:54:33 AM