届かぬ思い
「ねえねえ、それでおばあさんの旦那さんはそのあとは?」
「その日遅くまで待ったけど帰ってこなかったの。」
だからずっと独り暮らし。
もう一つクッキーはいかが? と
巨人のおばあさんは、
僕にはいささか大きすぎるクッキーを
目の前にゴトンと置いた。
僕の名はジャック。
僕が魔法の豆の木を伝って雲の上の巨人の城についたのは、昼前のことだった。
こんな大きな城には巨人が住んでいるに違いないと、
おっかなびっくり窓の隙間からリビングに入った時、
案の定、巨人がいた。年老いた女性で編み物をしていた。
女性は窓枠に立つ僕に気付くと
「あら。・・・迷子かしら?」
といった。
彼女にとって僕はハエトリグモくらいの
存在だったんだろう。
別に驚きもしなかったし、
何かで叩き潰そうと
追い回されることもなかった。
言葉が通じると知って、
地上の話を聞きたがった。
父さんが早くに財産を使い果たして
働かないので貧しかった僕のうちは
一日のうちに薄いスープと硬いパンを
一日一回食べられればいいほうだった。
ある日、母さんに言われてとうとう街まで牛を売りに行くことになり
途中で出会った魔法使いに魔法の豆と牛を交換してもらったんだ。
そんな身の上話をすると
「おなかが空いてるのね。」
そういって彼女は僕をソーサーに座らせ
ソーサーの中央にクッキーのかけらをおいた。
僕にとってそれは大層なごちそうで、
生まれてはじめての口いっぱいの食べ物に夢中になってかぶりつき
あの魔法の豆と牛を交換して正解だった、とこころから思った。
おかわりのクッキーまでもらって
おなかがいっぱいになった僕は
眠くなってきた。
「地上というのは地面が硬いんですって?」
ここは雲だもの。硬いというのが想像つかなくって。とおばあさんが訊ねる。
僕は
「このテーブルみたいな感じかな」
とコツコツと拳で叩いて見せて
あくびをしながら答えた。
「地上というのはずいぶん遠いの?」
雲の端からチラリとしか見たことがなくて。
すごく眠い僕は そうだね、多分。
豆の木を登り始めたのが夜明け前だったから、と答えた。
「あなたのお父さんは元気にしているの?」
なんでそんなことを聞くんだろう。
とても眠いのに・・・。
「私の夫はね、もう随分昔に落ちたのよ」
雲の上から地上へね。」
んーーー・・・?
眠ってもいいかな。
話の続きは起きてからでも
・・いいかなぁ・・・・・・
「うちの宝物を盗んだ泥棒を追いかけて、
豆の木を途中まで降りたところで」
「その木を盗人に切り落とされたの」
「私のところまで聞こえてきたあの音を一生忘れない。」
「そうなのね。
あなたのお父さんは宝を売ったお金を
早くに使い果たしたのね」
夢の中で誰かが喋り続けてる。
おばあさんはふわふわと半分眠った僕を
掌に乗せると家の外に出た。
ゆらゆらと揺れて気持ちがいい。
僕の登ってきた豆の木のあたりまで来たようだ。僕のうちの真上くらいだろうか。
ふわふわする頭でおばあさんの声を聞く。
「私の思いはもう夫には届かない」
なあに?なんていった・・?
おばあさんは僕を乗せた方の腕をゆっくりと真っ直ぐ雲の隙間に伸ばし、
「お前を、盗人で人殺しのジャックの元へ 返してあげるよ。」
そしてそのまま掌を下向きに。
「さようなら。ジャックジュニア」
僕 は ・・・
4/15/2023, 5:23:54 PM