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 眠れない夜があった。俺はぼんやりと横になったまま天井を見上げる。よどんだ色のカビがまた増えている。どうせボロアパートだからと怠惰に過ごした痕跡だ。今だって暇を持て余している。探さなくても舞っているホコリを掴まえる遊びをしたが、飽きた。
 時間の潰し方が分からないまま、漠然とスマホをいじったが連絡を取れる友人もいなければ、回線速度の遅いここではただのストレスでしかない。

 なんだろう、心に隙間風が通ったように虚しい。パチ、パチと蛍光灯が弾けた。等間隔でなる音になぜだか肌がざわつく。気を紛らわす程度に珈琲を淹れようと上体を起こそうとして───そのまま息を止めた。部屋の隅、埃の上で足のない男が横たわって見つめていた。
「うごかないで」
 掠れるような低い声のまま、こちらに向かって這ってくる。にげろ、何やってんだ俺は。尻込みをついて、浅い息を吐く。引き攣った喉の奥からは悲鳴さえも出てこない。男が俺の腕を掴んで虚ろな双眸を向けてくる。不自然に影のように揺れる下半身は異形そのもので。細い腕からは想像もできない力で背中は床へと倒れ込む。
はっ、はっ、と動物を思わせる息遣いが男から溢れる。
 なにか別の恐怖が頭の中でサイレンを鳴らし始める。なんだよその顔。獲物を捕まえて飢餓を満たそうとしているような恍惚した表情は。男の前髪が瞼の上を掠めて、顔を背ける。
 男はにったりと近づくと何か小さな声で囁いた。何言いやがったこいつ、そう睨みを効かせようとしたのに、急激に引き摺り下ろされるような眠気が襲ってくる。けど不自然なほどに恐怖がひいてく。力が抜けて強制時な微睡みに包まれる。
「……まってて。きみを俺のものにするから」
 耳朶を食むような柔く鼓膜を揺らす声は熱の中で溶けて、俺の意識はどこまでも深く落ちていった。

/ 待ってて

2/13/2023, 4:34:03 PM