任務が終わった後に残ったのは、一時的な閉鎖のため人っ子一人いない海岸と、テトラポッド、その先に光るオレンジ色の海に手が届きそうな夕日だけだった。
どこか懐かしくも、胸が締め付けられるような光景。
太陽の眩しさに目を細めながら、椋が口を開く。
「こういう時って、海のバカヤローって叫ぶんだよね?」
「情緒どこにやったんですか」
「うーん、実際やっている人は見たことがないよ!」
灰原は素早いレスポンスを心掛けたが、七海のツッコミの方が一足早かった。
「たしかにそうなんだけどぉ…一回やってみたかったんだよねぇ!誰もいない今がチャンスでしょ!」
ニッと歯を見せて笑う椋は、両手を大きく広げ息を吸い込み、海に向かって叫ぶ。
「✕✕✕のばかやろーーーー!!!!!」
「ふぃー…、思ったよりスッキリするかもぉ!」
「海のバカヤロー、じゃないの!?」
「うん、だって海にそこまでの恨みないもん。叫ぶ場所を提供してくれてる海へ罵声を浴びせるのもひどくない?」
「…たしかに。もっともだね」
なんの反論もない椋の意見に頷いていると、隣から大きく息を吸い込む音が聞こえて、
「労働はっっっ!!!クソだーーーーー!!!!!」
七海も叫んだ。
「えっええええ!?な、七海が叫んだ!?!」
こういう時の二番手は大抵灰原で、なんなら半分の確率で七海は不参加のまま終了するのがお決まりだったので、思わず驚いてしまう。
「ハァ…意外と体力持ってかれますね」
普段声を荒げない七海にとっては、大声を出すだけでもHPが減るらしい。
そもそも満身創痍ですでに残りHPが真っ赤だろうし。
逆隣から、遠い目をして椋が囁く。
「ななくん、今日で十連勤の上、ここ5日仮眠しか取ってないって言ってたから…」
「あぁ…」
通りで壊れている訳だ。
灰原を思わず遠い目になりかけるが、まだ自分だけが叫んでいないと気合いを入れる。
「よーし俺も!えーっと……
まっしろなーー!ほっかほかのはくまーーーーーい!!!」
「ふははっ!えー?なぁにそれ?」
「くーくんが、海へ吐き捨てるの悪口ばっかりでひどいって言ってたから、たまにはおいしいものがいいんじゃないかなーって!」
くぅ、と隣から聞こえた控えめなお腹の音が、波音でかき消される。
「…私たちもほかほかの白米食べに帰りますか」
「そだね!お腹空いてきたあ!」
「あ、じゃあ俺行きたいお店あるんだ!釜で炊いたごはん出してくれる店なんだけど!」
「いいですね」
「はーくんのせいでもう白米の口になちゃった」
海岸を後にしながら振り返ると、海は先ほどと何も変わらず、キラキラと輝いている。
これだけ広大で、今まで無駄な罵声を受け止めていた海のことだ。少しいい気分になってくれたらいい、なんて考えても許してくれるだろう。
もうすぐ、夕日がしずむ。
【海へ】
8/24/2024, 4:39:58 AM