川柳えむ

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 たまたまだ。それはたまたま、偶然だっただけで、決して、故意に覗き見しようとしたとかそんなわけではない。断じてない。
 帰ろうと教室を出て玄関まで行ったはいいものの、スマホを机に置いてきたことに気付いて、慌てて戻ってきた。そしたらどうだ。幼馴染の男子が、放課後の教室で、女子に告白されていた。
 え、えぇぇぇぇ!?
 あいつ、告白とかされるの!? でも、そういえばクラスの女子に、あいつが意外とモテている話を聞いたことがある。
 怖い顔をしているが、困っていればすぐ声を掛けたり、誰かと一緒の仕事だとさり気なく大変な方を担当してくれたり、結構、いや、かなり気は利くし、そりゃまぁモテてもおかしくないのかもしれない。
 昔はその顔のせいでよく怯えられていたから、ようやくあいつの良さをわかってくれる人が現れてくれたか。と、嬉しい気持ちになった。私はずっと昔から知ってたけど。
 そう。私はずっと昔から知っていた。私だけが、ずっと。
 扉の裏に隠れて、二人の様子を窺う。
 たまたま教室に戻ってきたらこんな状況になってたから、わざとじゃない。スマホを取りたいだけだ。でも、今取りに行くのは違う気がするから、こうやって陰にいるだけだ。
 あいつは、なんて返すんだろうか。
 なぜかこちらまで心臓が大きく鳴り出した。なんでこんなにうるさいんだろう。聞かれてしまったらどうしよう。
 私がドキドキするところじゃない。もし二人が付き合い出したなら、幸せなことじゃないか。ガサツで取り柄もない私なんかよりずっとお似合いだし。そう、胸が鳴ってるのはきっと、この素敵な瞬間に居合わせてしまったからだ。あいつの良さをわかってくれる人が現れたからだ。そういうことに胸が高鳴っているんだ。きっとそうだ。
「…………ごめん」
 あいつが謝る声が聞こえた。
 え、フるの!?
 今まで女の子に怖がられてたくせに、あんなにかわいい子を!? なんで!?
「好きな奴がいるんだ」
 ……え。なにそれ、初耳なんだけど……。
 胸がズキンと痛んだ。何、これ。
「好きな子って誰か聞いていい?」
 女の子が尋ねる。
 勇気あるな。私なんて、なぜだか聞くのが怖いって思ってしまっているのに。
「……ずっと昔から一緒にいる奴。一番俺のことをわかってくれてるのに、俺の気持ちには全然気付いてくれない奴」
 思わず走り出していた。
 昔からあいつの傍にはずっと私だけがいた。何かあるたび、「おまえのことを一番わかってるのは私だからね!」「そうだな」なんて笑い合っていた。だから、それはつまり――。
 顔が熱い。胸が苦しい。
 心臓が飛び跳ねている。そのまま高くまで飛んでいってしまうんじゃないのかというくらいに。
 でも、さっきと違う胸の高鳴りが、なんだか心地良い。
 この心地良さに、気付いてしまったんだ。自分自身の気持ちに。


『胸が高鳴る』

3/20/2024, 8:17:28 AM