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誰かのためになるならば


 仕事というのは、基本的には誰かのためにするもの。
 自分が誰かのために働き、その誰かも誰かのために働き、その誰かも誰かのために働いている……
 そしていつしか、誰かが自分のために働いてくれるのだ。
 そうやって社会は廻っている。

 ●

 しかし、必要だが誰もやりたがらない仕事がある。
 そんな仕事は、必然的に人は集まらない。
 普通は派遣会社に頼むが、それでも集まらない事がある
 そんな時、お呼びがかかるのが、俺達探偵だ

 というわけで、俺は助手を伴って、公園の掃除をしていた。
 前日花火大会が有り、とんでもなくゴミで散らかっている。
 
 広い範囲を人海戦術で行うため、たくさんの人間が集められた。
 派遣会社にも声をかけたらしいが、人が十分集まらなかったらしく、俺達に依頼が来たということだ。

 最初は、『この暑い中やりたくない』と思って、やんわりと断った。
 しかし猫の手も借りたい状況だったらしい。
 依頼料を奮発してくれるとのことで、快く引き受けた次第である。 

 そんな理由も有って、俺は勤労精神を発揮し、朝からゴミ拾いに勤しんでいた。
 ところが……

「先生、これ探偵の仕事ですか?」
 刺々しく俺に文句を言うのは助手だ。
 コイツも依頼金に目がくらみ、付いてきたクチである。
 買いたい物があり、金が必要なのだそうだ。

 けれど思ったより暑くやる気が出ないのか、朝からブツブツ愚痴を言っていた。
 それでもちゃんとゴミを拾うあたり、助手はマジメである。

「これ、便利屋の仕事ですよね。
 探偵の仕事じゃない」
「仕事に貴賎はない。
 誰かのためになるならば、法と倫理に触れない限り何でもするのが、探偵というものさ」
「そうかもしれませんが……」
 頭ではわかっているけど、感情が理解できない。
 そういった顔だ。
 若いなあ。

「先生、私は難事件とか解決したくて探偵事務所に入ったんです
 もっと探偵らしいことしましょうよ」
「そうは言ってもな。
 ウチみたいな木っ端探偵事務所に難事件を依頼する人間なんていないよ。
 せいぜい浮気調査くらいさ」
「……他の事務所に移ろうかなあ」
「やめて!
 報酬上乗せするから!」
 助手には主に事務仕事を任せているのだ。
 もし助手がいなくなったら、地獄の事務仕事を俺がしないといけなくなる。
 それは避けたい。
 助手がその気になる前に、話を変えよう。

「それにしても拾っても拾ってもゴミが無くならない……
 祭りの後とはいえ、これだけ散らかるのも凄いな」
「ゴミを捨てる人は何を考えているんでしょう?
 むしろゴミを捨てる人間を攫って処分すれば、コスパがいいのでは?」
「物騒なことを言うのはやめなさい……
 ん?」

 俺達の進行方向から、缶が転がる音が聞こえる。
 音の方向に目線を向けると、チャラチャラした男がベンチに座って缶ビールを飲んでいた。
 しばらく見ていると、チャラ男はビールを飲み干し、空になったビール缶を投げ捨てる。

「あんにゃろー。
 私たちがゴミ拾いしてる前で、ポイ捨てだと!?
 ゆ゛る゛さ゛ん゛」
「待て、ステイ、ステイだ。
 殴りかかろうとするな」
「止めないでください。
 仕事を増やすやつは殺す」
「落ち着けっての」
「ああん」
 チャラい男が騒ぎに気づいたのか、こっちを見る。

「あー、ゴミ拾いご苦労っす。
 てことでホイ」
 チャラ男は、新しく飲み干した缶ビールを投げ捨てる。
「ついでに回収しけよ。
 ゴミ拾いなんだから」

 俺達は唖然とした。
 酔っているとはいえ、常識ある人間の行為ではない。
 一瞬自分の中に怒りが巻き起こるが、なんとか抑える。
 ここで激昂しても、なんの儲けにもならないからだ。
 俺、そう思って受け流すが、助手は違ったらしい。

「舐めやがって」
 助手が一歩前に踏み出す。
 この暑さのせいで、怒りのリミッターが壊れたよいだ。
 いつものクールな助手よ、戻ってきてくれ。
 
「あの野郎、社会のゴミとして回収してやる」
「やめろ、酔っ払いの言うことを真に受けんな」
「ああ、ゴミだって言うなよ。
 傷つくだろ
 クレームつけるぞ、ガハハ」
「お前もいらんこと言うな」
 チャラ男の言葉に、助手が更にヒートアップする。

「先生、あいつを許すって言うのですか。
 情けは人の為ならず。
 ここでブチのめしたほうが、世のため人のためになります」
「やめろって言ってるだろ」

「はっ、ゴミ拾いサボんなよ。
 そうだ、動画撮ってやろ」
 そう言って、新たに飲み干した缶ビールを投げ捨てる。
 スマホを操作するのに邪魔なのだろう。
 しかし、チャラ男はスマホを取り出すことができなかった。

「君、ちょっといいかな」
「なんだよ、今いいところなんだよ」
「ほらこっち向いて」
「しつこいぞ、殺してやろ……うか?」
 チャラ男が振り返った先、そこにはお巡りさんがいた。
 パトロール中の警察官が騒ぎを聞きつけて来たのだろう。
 正直助かった。

「スイマセン、お巡りさん。
 さっきの『殺す』っていうの冗談で……へへ」
「ああ、分かっているよ。
 気にしてはないさ」
 
 酔って常識を失ったチャラ男も、さすがに警察官に逆らってはいけないことは覚えているらしい。
 啖呵も、勢いがなくなっている。
 対してお巡りさんは、よくあることなのか、チャラ男の暴言にも笑顔だった。
 助手とは大違いだ。

「じゃ、じゃあ俺は忙しいのでコレで……」
「待ちなさい」
 チャラ男が立ち去ろうとするが、警察官はそれを制止する。

「あの、なんスカ」
「君、これ読める?」

 その場にいた全員が、警察官が指差す先をみる。
 そしてそこにあったのは『ポイ捨て禁止』の看板。
 『五年以下の懲役もしくは1千万の罰金が課されます』と書かれている。

 再び一同が、警察官の方を見ると、警察官は満面の笑みを浮かべていた。
「話は署で聞こうか」

 あれよあれよと言う間に、パトカーに詰め込まれるチャラ男。
 見事な職人芸に、俺達は見ているだけしか出来なかった。

「では本管はこれで失礼します。
 お仕事頑張ってください」
 そしてあっと言う間に去っていくパトカー。

 これから、チャラ男は警察官に執拗な取り調べを受けるのだろう……
 それを想像すると俺は……

 ざまあみろと、清々しい気分になる。

 俺がいい気分でいると助手が口を開いた。
「警察官に転職しようかな。
 犯人ボコれそう」
「やめなさい
 ほら、ゴミ拾い続けるぞ」
「はーい」
 ゴミ拾いを再開しようとした、まさにその時。

「あの」
 後ろから声をかけられる。
 助手と一緒に振り向くと、そこには幼い男の子がいた。

「ゴミ拾い、お疲れ様です」
「え、うん。どういたしまして?」
「手を出して」
 男の子の言葉を不思議に思いつつ、俺たちは手を出す。

「これどーぞ」
 男の子が、俺達の手の上に飴を置く。

「公園をキレイにしてくれてありがとう。
 お仕事頑張ってください」
 そう言って男の子は、母親と思わしき女性に走り、そのまま一緒に立ち去った。

「褒められちゃいましたね」
「ああ」
「人類があの子みたいだったら良かったのに」
「全くだ」
「そしてチャラ男は滅べ」
「全くだ」
 助手と少し笑い合った後、もらった飴を口に含み、ゴミ拾いを再開する。

「それじゃ、張り切ってお仕事しますか」

 ●

 仕事というのは、基本的には誰かのためにするもの。
 自分が誰かのために働き、その誰かも誰かのために働き、その誰かも誰かのために働いている……
 そしていつしか、男の子が俺達に飴をくれるのだ。
 飴を貰った俺達は、再び誰かのために働く
 
 そうやって社会は廻っている。
 

7/27/2024, 1:46:59 PM