#2
ウォード様とは、あれから一月に一度は会うようになった。とはいっても、多少茶会をするだけで、大した話はしないのだけれど。
それでも、私はウォード様との時間を好ましく思っていた。
他愛ない会話をして、時折沈黙が続いて。そんな一時に心が安らいだのは初めてのことだった。
カーテンを開いた。
丁度ウォード様が馬車に乗り込む。こちらを向いたので、そっと手を振ってみる。
けれど、ウォード様は手を振り替えしてくれない。
(はしたなかったからしら?)
途端に顔が真っ赤に染まってしまう。あまりの恥ずかしさに窓から身を引こうとしたら、ウォード様はクスリと笑って手を振りかえしてくれた。
そう。笑って。
ウォード様があんなふうに笑うだなんて知らなかった。
婚約者なのに。
私はウォード様の笑顔すら知らなかったのだ。
瞼に浮かび上がるウォード様の笑顔は、とんでもなく優しくて。
顔を押さえてへなへなと座り込んでしまった。
「シェリル嬢。」
耳元でウォード様の名前を呼んでくれる声が聞こえる気がする。幻聴に違いないのに。
あぁ。私、ウォード様のことが好きなのかもしれない。
だってそうでなければ、私、はしたない女性になってしまう。
「お嬢様?入りますよ。」
メイドが声をかけてきたので、慌てて平静を取り繕う。
「…えぇ。入っていいわよ。」
返事をした瞬間、メイドが部屋に入ってくる。けれど、一瞬硬直するものだから私に何かおかしいところがあるんじゃないかと気になってソワソワしてしまう。
「私がどうかしたのかしら?」
耐えきれずに口にすると、メイドは慌てて頭を下げた。
「いいえ。ただ、お嬢様が何時もよりもお綺麗でしたので。」
そうも直球に言われては、不覚にも口元が綻んでしまう。
「…そっそう言えば何の用でここまできたのかしら?」
恥ずかしくなり話題を転換させると、メイドはハっとしたようだった。
「そうでした。お嬢様、今度夜会があるのはお覚えですか?」
「えーと、確か、皇太子様の誕生日パーティーでしたっけ?」
「はい。お嬢様のデビュタント以来初の夜会でもありますね。そこで」
メイドはそこで一度言葉を区切った。
「ウォード様にエスコートされる予定なのですが、お聞きされましたか?」
思考が停止する。ウォード様に?エスコート?好きだと思い始めたばかりなのに?変なことをしてしまう予感しかない。何より、そんなことしてウォード様に嫌われたくない。
それに…そもそも、ウォード様からエスコートの話なんて聞いていない。
「…っいいえ。未だ何も。」
震える口で紡ぐと、メイドは一瞬哀れるような瞳を向け、すぐに素の表情に戻った。
「分かりました。夜会までは未だお時間がございますから、未だ言っていないだけかもしれませんね。話は以上ですので失礼させていただきます。」
謎の空気を読んでメイドは退出していった。こんなときは、でていかずに側にいてほしかったという気持と、出ていってくれてよかったという気持がせめぐ。
ウォード様。次に会うのは夜会の1週間前。話してくださるといいのだけれど。
6/30/2025, 2:52:34 PM