Ayumu

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(バレンタイン……今日、だったか)
 コンビニに立ち寄ったとき、目立つ場所にバレンタインコーナーができていた。
 いつもならそのままスルーするところだが、少し考え、小さなハート型のチョコが数粒入っている商品を手に取る。こういうきっかけでもないと無理だと思ったのだ。
 そのまま自宅へは帰らず、バスで10分ほど揺られた先にある、彼女の自宅へと向かう。
「なぁに?」
 来客が自分だとわかっていたのだろう、ものすごく低い声と鋭い視線で出迎えられた。
「その、今日バレンタインだろ」
 コンビニの袋ごと突き出す。
「……へえ」
 わかりづらいが彼女の反応を見るに、結構驚いたらしい。
「こんなことしてくれるの、初めてじゃない。ビニール袋に入れっぱなしにしてなきゃ満点だったけど」
「そ、そうだったな。うっかりしてた」
「バレンタインっていうイベントがあってよかったわね?」
 さすが、あっさり見抜かれていた。
 昨日、それはそれは派手なケンカをしてしまった。理由をはっきりと思い出せないくらい、些細なきっかけから大ごとに発展してしまったのだと思う。
 無駄に意地を張ってしまった自分が完全に悪い。言い合い合戦の途中からわかってはいたのに、折れることができなかった。
「……ごめん。ほんと、悪かった」
 素直に頭を下げる。
 短いため息が聞こえて、思わず全身が固くなる。ケンカ自体は何度かあったけれど今回は相当怒っている、のか? 別れる、なんて言い出したらどうしよう。
「まったく、しょうがないなぁ」
 自分の手にあったビニール袋が、彼女に渡る。
「私もあれこれ言い過ぎた。ごめんね」
 何日も見ていなかったわけじゃない。それでも久しぶりと感じるほど、彼女の柔らかな笑みが胸中いっぱいに染み渡っていく。
「チョコ、私も用意してるの。一緒に食べよう?」
 今日はたぶん、忘れられないバレンタインになりそうだ。


お題:バレンタイン

2/14/2023, 4:04:07 PM