知らない人ばかりの街に行けば、もっと呼吸がしやすいのかな。デスクに凭れながらそんな風に夢想したのは、なにも一度や二度のことじゃなかった。
だからこそ選んだ、住んだことのない、地元から遠く離れた別の街。そういうところに行くのはいいかもしれないなんて安易な思い付きでやって来た私は、けれどそこが自分にとって優しくない場所なんだということを、今この瞬間まで全く考えてもみなかったらしい。
「……国内なのになあ」
言語の壁が高いし、文化も全く違うところに行くのは怖くて、他の国は流石に選べなかったのだけれど。日本語が通じるならなんとかなるんじゃないかと簡単に思っていたのもまた違うのだと、この場でまざまざと見せつけられてしまった。
旅行者だから、なのか。それとも私が場にそぐわない他人だからなのか。ぽつんと立ち尽くして周囲を見渡しても、大丈夫?と声をかけてくれる人はいない。
もう少し田舎だったら違ったのだろうか。変に都市部に来ちゃったからこうなのかな。そんな風にぐるぐると考え込むけれど、解決策はないままおろおろとするしかない。忙しい時間帯に辿り着いてしまったからか、心なしか追い抜いていく人達の顔も迷惑そうだ。なんてところに来てしまったんだろう。私の馬鹿と強めに罵ってみても、現状は冷たく、なんの糸口も見出だせなかった。
「だれか」
助けてくれないかな、と呟いてみるけれど、沢山の人が行き交う中でそんな弱々しい声を拾ってくれる人はいない。それどころかなんとか移動しようと歩き出してもチッと強めに舌打ちされる始末で、あまりの恐ろしさにはくはくと唇を戦慄かせて端っこに縮こまるしかなくて、もう泣きそうだ。
「何が呼吸がしやすそうよぉ……」
こんなの、息が詰まって死にそうの間違いじゃない。ひく、と喉を震わせてしゃがみこみ、恐る恐る眺めた風景はまるで急流を忙しなく動く魚のようで、声をかけるのも怖くてできなかった。かといって一度壁際に寄せられてしまったらあの急流にまた呑み込まれるのも恐ろしくて、動けないままただ彼らの行列を見ているしかない。
ああ、果たしてこの恐怖に満ちた場所が穏やかになる時なんて来るのだろうか。抜け出すタイミングを茫然と待ちながら、現実逃避のように魚達を見てはかちかちと歯を震わせる。朝の八時。苛立った顔で改札を抜ける人々の影に隠れ、私は、果てしない終わりを求め立ち尽くす木偶の坊と化していた。
結局その流れが緩やかになってきたのは一時間も後のことで、なんとか歩き出してその場を逃れたのは更に後。もう二度と来たくないと独り呟いた私の目には終に涙まで浮かんで、ぽろぽろと零れる滴を止める手だてもないまま、帰りの電車を探すべくよろよろと切符売り場に近付くのがやっとだった。
お題:遠くの街へ
3/1/2023, 5:39:25 AM