Open App


「夕食は俺が作るよ」
 新しい隠し味を思い付き新鮮な食材を揃えた。腕を捲って実行に移そうと具材を半分に切り、みじん切りの最中に玉ねぎから攻撃を受けた。
 どこまで耐えられるかと玉ねぎの攻撃をそのままに切り続けていると、滲んだ視界で指先が鋭い包丁の犠牲に。
 意識しても流れる涙を止められず、タオルで目を抑えてリビングで絆創膏を求めるも、視界が制限されて探しにくい。俺を2度見して救急箱を用意する君のもとへ。

「泣くほど…深かったの?」
 
 血で濡れた人差し指にタオルで顔を隠していれば…、まぁ、痛みで泣いていると思わなくもない。あいにく怪我には慣れっこだ。この程度、かすり傷にも入らない。が、涙が引かない。

「君も知ってるだろ?これは別。食材が手強くてさ」
 血を拭き取れば切ったなんて分からないほど綺麗な傷口だった。君がやさしく絆創膏を付けてくれる間に「ハンバーグを作ろうとしてたんだ」と夕食のメニューを明かす。

「こんなにしみたかなぁ」
 瞬きを繰り返しても成分か何かが残ってるらしく、なかなか本調子に戻らない。

「疲れてたんじゃない?代わりに私が作ってくるから休んでて」
「助かるけど…。奴は強敵だ。泣かないでよ?」
「頼られるみたいで嬉しいから『泣かないよ』」
 ふふん、と上機嫌に立ち上がった君がキッチンに向かって数十分。

 グスグスとティッシュで鼻をかみ、タオル片手に戻ってきた。
「何あれ。すっっごいしみる…」
「…君も駄目か」
「ううん、強敵は寝かせてきたの」
「頼もしい」
「あとは、選手交代で」
 生地を寝かせてると言うから君がおさまるまで傍にいられる。俺の症状は大分落ち着いて、君のタオルを奪うとポロポロと落ちていった。「返して」と君の感情とは関係のない涙に色はなく

「俺の代わりにありがとう」とひとつ丁寧に吸い上げた。

「たかが玉ねぎの話なのに」
「なんだか勿体ないんだよ」

3/18/2023, 9:29:02 AM