藍田なつめ

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 歩いて二十分、やっと辿り着いたスーパーはごみごみしていて、おもしろい。とりわけ野菜はいろんな色があって、それだけで色々買いたくなる。おれは持ってきた財布の中身を確認した。そんなにない。思いつきでジャムの瓶を全部買ったりはしないほうがいいけど、まあ今日明日で食いっぱぐれることはないか。
「シンヤくん」
 顔を上げたら目の前が真っ赤で少し驚いた。少し目線を上げると目を細めて笑う男の顔があった。
「ルビンさんだ、久しぶりです」
「はい、お久しぶり。お金足ります?」
「なんとか」
「持ってきたから出しますよ」
「札束出したらレジの人が驚くから、いいです」
「あらそう」
 ルビンさんの脇にあるカゴをとって目の前の野菜コーナーを歩くと、彼はおれの斜め後ろについてきた。目立つ、なあ。この店の誰より高い背も、真っ赤なコートも。
「ルビンさん、ユキから電話来たの?」
「ううん、来てないよ。でもそろそろかなって」
 ルビンさんは、ユキとおれを監視している。
 と言うとルビンさんは「怖くて嫌な言い方だなあ」と言って嫌がるけど、その様子をみてユキが「否定しないじゃん」と言うので、監視はしているらしい。ジャイアントパンダみたいに、吸血鬼っていう絶滅危惧種は監視して保護するんだっていう団体があって、ルビンさんはそれ。だからおれたちにお金くれたり、住むところを確保したり、困りごとがあったら助けてくれたりする。電球切れたけど替えかたわからんとかの簡単なことから、どうしても人間の血が飲みたいですとかの難しいことまで。
 ちなみに前回ルビンさんに電話したのは、真夏の真ん中にエアコンが壊れた時だ。だから夏だ。半年前。あ、白菜が安い。
「そろそろお金なくなるかなってこと? おれたちだいぶつましく生活してたけど」
「倹しいか。相変わらず、シンヤはちょっと変な言葉遣いするね」
「そうかな」
 集団生活をしないからだ、と頭の中のユキが笑った。学校とか、そういうの。おれは行ったことない。そう、人間社会に馴染むためのルールとか最低限の知識とか、そういうのなくて困りましたというときもルビンさんはやってきた。具体的に何をしてくれたのか、おれは全く覚えていないけど。
 ピーマンが安い。でもユキは嫌がるかな。
「本をたくさん読むからだって、ユキが言ってた」
「まあ、悪いことではないからいいんじゃない」
「ちょっと変って言ったのに」
「ちょっと変なほうが面白いし」
 ルビンさんは、いつも同じようなことを言ってはぐらかすので、おれはいつも微妙な気持ちになる。なんでかきゅうりが売り切れてる。キャベツ安いけど白菜カゴに入れたんだよな。別かな。
「お金じゃなくて、雪がね」
「ユキが?」
「降るでしょう、この町は」
 それが好きなんだよね。とルビンさんがちょっと嬉しそうに言った。とはいえ、ルビンさんはいつもこんなんで、何が嘘で何が本当かわからない。まあ今回は本当かな? とおれは思った。同じ意見の人がいるとうれしいからかもしれない。
「ルビンさんも晩御飯食べてく?」
「晩御飯なに?」
「鍋。何味か決めていいよ」
「ほんと? じゃあキムチにしよ」
 豚肉の薄切り、大きいパックをカゴに二つ入れた。おれもユキも肉が食えればとりあえずいいみたいなところあるから。

1/8/2026, 4:21:38 PM