初音くろ

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今日のテーマ
《入道雲》





鮮やかな青色の空に浮かぶ、一際大きく白くてもこもことした雲。
それはお祭りの屋台で見かける綿あめのよう。
甘くてふわふわしている綿あめは美味しくて大好きだけど、食べる時にちょっとベタベタするのが難点だ。
次に連想するのはかき氷。
こちらは屋台で売ってるものではなくて、前にかき氷専門のお店でお母さんに買ってもらったもの。
普段食べてるかき氷とは違って、白くてふわふわのそれは氷自体に甘い味がついていてとっても美味しかった。

今は5時間目の授業中。
給食はしっかり完食したからお腹が空いてるわけじゃない。
それでも綿あめやかき氷を連想してしまうのは、別にわたしの食い意地が張ってるからではない。
美味しそうなものを連想させるあの入道雲がいけないのだ。

「よだれ出てるぞ」

立てた教科書の影からこっそり囁いてきた隣の席の男子の言葉に慌てて口元を擦るけど、別にそんなことはなかった。
まんまと引っかかってしまった恥ずかしさを誤魔化すようにむっとして睨むと、彼は頬杖をつきながら屈託なく笑う。

「考えてることバレバレなんだよ。どうせ綿あめみたいだな、美味しそうだなって思ってたんだろ」
「綿あめだけじゃなくて台湾かき氷もだもん」
「ははっ、ほんとに色気より食い気だよな、おまえ」

からかいの言葉にぐっと詰まる。
少女漫画で見るみたいに顔を見るだけで赤くなったりドキドキしたりというわけではないけど、話してると何となくそわそわしたりする、ちょっといいなと思ってる男子からそんな風に言われて嬉しい女の子はいない。
でも、色気より食い気というのは事実だ。
クラスの中にも色つきリップや百均で売ってる化粧品を使ってる子も何人かはいるけど、わたしはと言えば、そういうお洒落なものにお小遣いを使うより、お菓子や可愛い文房具を買う方がいいやと思うタイプだ。
どちらかといえばぽっちゃりめの体型も如実にそれを示してる。

やっぱり彼もスリムな女の子の方がいいんだろうか。
そんなことを思ってついしょんぼりしていたのだけど。

「台湾かき氷か……あれだよな、氷がふわふわのやつ」
「そう。前にお母さんが専門のお店に連れてってくれたの。氷そのままでも甘くて美味しくて」

彼が話を広げてくれたので、すぐに気を取り直す。
こんなことだから「色気より食い気」なんて言われちゃうんだろうな。

「夏休みに、隣の市で花火あるじゃん」
「うん、あるね」

突然飛んだ話に首を傾げながら頷いた。
彼が言うのは隣の市で毎年開催されてる花火大会だ。
地元のお祭りより規模が大きくて人出も多い。

「去年、あの花火の時にあったんだよな、そのふわふわのかき氷の店」
「マジで?」
「うん。だってオレ食べたもん」
「そうなんだ。いいなー」
「そんでさ、今年は兄ちゃんに連れてってもらうことになってるんだけど、良かったらおまえも一緒に行かね?」
「え、でも、いいの?」
「おまえも兄ちゃんいるじゃん。もしまだ誰かと約束とかしてないようだったら、そっちの兄ちゃんも誘ってみんなでいけばいいじゃん」

彼のお兄ちゃんとわたしのお兄ちゃんは中学生で、たしか同じ学年だ。
クラスが一緒かとか友達なのかどうかは知らないけど、少なくとも顔見知りではあるはず。
これがどっちかがお姉ちゃんだったら、噂になっちゃったりするかもしれないから無理だろうけど、お兄ちゃん同士だったら一緒に連れてってもらうのもありかな?
もちろん、うちのお兄ちゃんと彼のお兄ちゃんが仲悪かったら無理だけど。
地元のお祭り程度なら子供だけで行っても平気だけど、さすがに隣の市の花火大会はまだ小学生だけでは行かせてもらえない。でも、中学生のお兄ちゃんが一緒なら「しょうがないな」って許してもらえる可能性は高い。

「そしたら、綿あめもかき氷も一緒に食えるだろ」
「そうだね」

得意げに言う彼の言葉に、わたしも何だかわくわくして前のめりで頷いてしまう。
綿あめもかき氷も楽しみだけど、同じくらい彼とお祭りに行けるかもしれないことが楽しみで。

「こら! そこの2人、喋ってないでちゃんと聞け!」
「はい!」
「すみません!」

先生に注意されて、2人して慌てて姿勢を正す。
幸いそれ以上怒られることはなく、クラスの子達からくすくす笑われるだけで済んだけど、2人で目を合わせてこっそり肩を竦めあった。

「とりあえずオレも兄ちゃんに話してみるから、おまえもそっちの兄ちゃんに都合聞いてみて」
「うん、わかった」

花火大会は約1ヶ月後。
今から言っとけば、きっとお兄ちゃんの予定も大丈夫だろう。
あとはうちのお兄ちゃんと彼のお兄ちゃんが仲悪くないことを祈るだけだ。
思い掛けない誘いにドキドキしながら、わたしはもう一度、ちらりと窓の外に目を向ける。
青空と白くてもこもことした入道雲。
一足早く夏の訪れを告げるかのような空は、今のわたしの心のように気持ちよく晴れ渡っていた。






6/30/2023, 8:37:47 AM