いと

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秋になると毎年彼女のことを思い出す。
高校生のころ好きだった人。

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僕の友達グループと彼女のグループは仲が良かったからたまに昼休みにみんなで弁当を食べたり、何度か大人数で一緒に遊びに出掛けたりもした。
でも、それだけ。

彼女はいつも友達のそばでニコニコしてるばかり。あまり自分からは話をしない人だった。
僕も内気なほう。男友達になら普通に話しかけられるが相手が女子となるとさっぱりだ。

僕は彼女のことをほとんど知らない。
知っているのは彼女が友達とよく盛り上がって話しているドラマのタイトルくらい。少しでも彼女に近づきたくてそのドラマを見てみたがありきたりな恋愛もので彼女と語り合えるほどの興味は持てなかった。

彼女のことを知りたい、話したいとは思うものの話すきっかけが掴めない。友達に彼女のことが気になっていることは伏せつつ相談したが、きっかけがどうとかそんなことを考えていたら一生話せないぞと笑われた。

いつ彼女に話しかけるか考えるばかりで一日一日は過ぎていった。
考えすぎてもうわけがわからない。

恋愛って難しい。
なぜ他人の恋愛は心底どうでもいいのに自分の恋愛となると頭の中がそれでいっぱいになってしまうのか。
恋愛なんてしなくたって生きていけるのに。付き合えるかも両思いになれるかもわからない人間のことを考えるより晩ご飯のメニューに思いを馳せるほうがよっぽどマシだと思っていたはずなのに。

2年生の秋、中間テストを来週に控えた水曜日の放課後に昇降口で彼女と目が合った。
彼女がいつも一緒に帰る友達は体調不良で欠席。僕の友達は部活が休みだからみんなでカラオケに行くんだとダッシュで帰ってしまった。

駅のほうだよね?

急に聞かれて驚いた。一瞬なんのことだかわからなかった。回らない頭をどうにか動かしてその問いに頷いた。
一緒に帰ることになってしまった。

これはもう負けイベだ。こんなに突然出された難問、勝つほうが難しいだろう。

しばらくはやっと暑さが和らいで過ごしやすくなったことや趣味など当たり障りのない話をしていたが、その会話のレパートリーも尽きて静かに2人で歩いていた。

駅がもうすぐ見えてくるというところで彼女に遠回りをしないかと提案された。どこに行くのか聞くと内緒だと悪戯っぽく笑いかけられてしまった。全身が途端に脈を打つ。

会話のネタは相変わらず思い浮かばず、気まずさに耐えながら彼女についていく。駅を超えたらもう僕は知らない道だ。駅前のビルに囲まれた道を抜けると住宅街だった。下町風情の残る古い家が多い。毎日近くまで来ているというのに知らなかった。

そこからまたしばらく歩いて河川敷に出た。遊歩道こそ整備されているがその両脇には草が生い茂った跡が残っていた。夏は背の高い草に囲まれるのだと彼女が教えてくれた。

もう元気のなくなった草たちと妙に高い空、それに長袖のシャツを通る風がもう秋なのだと強く訴えていた。数ヶ月前より広くなった世界で少しの寂しさを感じた。

2人で遊歩道を歩く時間は一瞬だったようにも永遠にも感じられた。

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7年前のこの時期だったなと思い返しながら当時とは似ても似つかない暑さと夏の圧迫感に寂しさを掻き消された。
これでいいのかもしれない。

9/21/2024, 8:52:34 PM