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「好き嫌い」

今日も疲れ切って家に帰る。もう愛想笑いをする元気もない。それでいい。
「ただいま」と疲れた声で言うと「おかえりなさい」と父の女が言う。母親ではない。再婚相手だ。

母は急性アルコール中毒で死んだ。母が酒を飲むきっかけが、この女だ。責めるなら父を責めるべきだろうか?浮気者の父を。

3歳の弟が「お兄ちゃん」と抱きついてくる。こいつに罪はないから弟としてちゃんとかわいがってやる。愛想笑いではなく本当の笑顔で抱きしめてやる。

「風呂行ってくる」
「僕も!」
大体いつも風呂に入れてやることになる。まあそれでいい。この家族を繋ぎ止めているのは確かにこいつだ。こいつの前でだけは素直に兄でいられる。

風呂から上がるとご飯ができている。
「お父さんは何時になるかわからないから、先にいただきましょう」
その方がいい。父とは何を話せばいいかわからないから。

「あら、ピーマンまた残すの?」
「だって苦いもん」
「残すとお兄ちゃんみたいに大きくなれないわよ」

弟がこちらを見る。ピーマンをパクパク食べてやる。
「うまいぞ。食べてみろ」
泣きそうな顔でピーマンを箸でつまむ。目をつむって眉間にしわを寄せたまま口に入れる。もぐもぐ咀嚼する。すかさず褒めてやる。
「えらいな。もう少し食べてみろ」
また口に運んで咀嚼する。
「うまいだろ?」
複雑な顔でこちらを見る。
「また一緒に食おうな」
頭をなでてやるとようやく笑顔になった。

玄関のドアが開いた。女が玄関に走っていく。俺はあわてて残りのご飯をかきこんだ。
父が入ると同時に「ごちそうさま」と席を立った。愛想笑いはしたくない。

「ピーマン食べた!」
うれしそうに報告している。
「いいぞ、好き嫌いしないでたくさん食べたらお兄ちゃんみたいに大きくなれるぞ」

お前もそれを言うのか。それより、たまには俺の好きな納豆を食べさせてくれ。知ってるだろ、忘れたのか?

お前の女は納豆が嫌いなんだ。

6/13/2024, 1:33:16 AM