イオリ

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胸の鼓動

家ではいつもイライラして当たり散らし、でも外ではだれにでもいい顔をして。こんな父親の一体どこを尊敬しろというのか。

ごめんね、と母の言葉が毎日の救いだ。

粗暴な父だが、何年も書道教室に通っている。意外、というわけでもない。祝儀袋、香典袋、年賀状。要するに、自分の名前を書くときに、整った字を見せたい、という見栄だ。

それ自体は悪いことではないだろう。ただ、この男の本性を知っている自分としては、そんなことにさえも嫌悪感を抱いてしまう。


ある日。

珍しく機嫌の良い彼が、ある冊子を持って帰ってきた。書道教室からのもので、応募したコンクールで金賞を取ったそうだ。まるまる1ページ、彼の作品が載っているらしい。

父が飲みに出かけたあと、母が、見てみて、とその冊子を広げてきた。

一瞬、息が止まった。

掛け軸みたいな縦長の半紙だった。なんて書いてあるかはわからない。はみ出しそうな勢いのある字。いや、暴れるような、といったほうが合ってるか。

何も読めないのに、ずっと見てしまう。視線を外す事ができない。くそっ、なんだろう、この感覚は。あんなやつの作品なのに……。

ようやく呼吸を再開した。同時に心臓が動き出すのを感じる。

いや、違う。この胸の感覚は心臓のものじゃない。

もっと違う何かが、僕の胸を叩いていた。

9/8/2024, 10:03:17 PM