風呂場の電気を消して窓を開ければ、風呂の湯に夜空を映せるんじゃないかな。
静かで優しい暗闇の中、私だけの小さな浴槽で、夜空いっぱいの星に包まれる。
仕事帰りの終電に揺られながら、唐突にそんなことを思いついた。
いつも風呂が面倒なのに、今日はやけに早く準備を済ませ、帰宅後すぐに風呂に入った。
計画通り電気を消して窓を開けると、ありえないほど冷たい風が吹き付けてくる。一瞬疲れすぎて風呂場と間違えて冷蔵庫の扉を開いたのかと心配になったが、単に疲れすぎて今が冬なのを忘れていただけだった。外の世界から隠れるように、深く湯船に身体を沈める。
温まるために湯に浸かっているのに、冷たい風をわざわざ迎え入れるなんて。こういうデザートあったな、何だっけ。アフォガートだ。冷たいアイスに熱いコーヒーをかけて食べるデザート。私は食べたことがないのでわからないけれど、口の中でアイスが溶け切るのとコーヒーが冷めきるのはどちらが早いのだろう。それとも、甘辛いみたいに上手く調和して、熱冷たいという新しい感覚が生まれるのだろうか。
そんなことをぼんやり考えながら湯を見つめていると、夜空を映したような真っ暗の水面に、2つ3つきらきら光る粒を見つけた。
星だと思って、そっと触れてみる。
けれどそれは私の指の動きにしたがって湯の上をすうっと滑っていった。星なんかじゃない、ただの光を反射した小さなゴミだった。
よく考えればそれはそうだ。風呂の水面の真上にあるのは風呂場の天井なんだから、映っているのは天井だ。都合よく斜めから空が映り込んでくるわけがない。そもそも隣家の庭の木が高いから、窓から身を乗り出さない限りうちの風呂場から夜空は見えないのだった。やっぱり疲れているのかもしれない。
星に包まれることはできなかったけれど、代わりにアフォガートになれる体験ができてよかった。多分今どきのスイーツが好きな女の子の気持ちを理解するのに役立つと思う。嘘をつきました多分微塵も役立たないと思う。
でもたまには役に立たないことがあったっていい。大切なものが目に見えないというのなら、きっと幸せも役に立たないことの中からしか見つけられないのだから、たぶん。世界から見て嘘か本当かなんてどうでもよくて、私が言ってしまったことがだいたい私の真実だから、それでいいと思う。星って特別なものみたいだけど、美味しくはないから。アフォガートは甘いから、甘いものは美味しいので間違いなく正義だ。
今日もお疲れ様でした。
「星に包まれて」
12/30/2025, 3:42:53 PM