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『平穏な日常』 110


「なんで自殺なんてしようとしたんだ……っ!」

「……そうだね。
なんて言えばいいんだろう、強いて言えば"生きていたら駄目だと思った"……とかかなぁ」

「何だよそれ……もっと生きてくれよっ!
今までそんな素振りなんて無かったじゃないか、頼むよ!
そんなに俺達は頼りないのかっ?!」

「あぁ、そういうのじゃ無いんだ。
君達のことは大好きだし、とても良い人達だなぁと思ってるよ」

「じゃあ何だ?
何でも言ってくれ、出来ることなら何でもしてやるからっ!」

「じゃあ僕を殺してくれないかな?」

「……え?」

「でもきっと君達にはそんなこと出来ないし、それが正しいと思ってる。
だから自分で殺すしかないんだよ」

「な、何でそんな……」

「こんな事を考えたんだ、"人類の未来には希望なんて無い"って。
人が本当に自殺してしまう時っていうのは、本能を塗り潰すぐらいの激情に駆られた時か、その逆で感情そのものが希薄になってしまった時だよね」

「…………」

「僕達は死ぬことに対して恐怖を覚えるだろ?
つまりどんな状況だろうと普通は生きようとする。
恐怖するのは死なないようにする為の感情だよ。
痛みを感じるのは生き残る為の感覚だよ。
お腹が減るのは生き続けるための機能だよ。
自分の意志に関わらず体は生きる為に働いていることからも、それは正しいだろうね」

「…………」

「理由までは分からないけど、生物の遺伝子には"生き残れ"という命令が既に刻み込まれているんだ。
数十億年の進化の過程で刻み込まれていったんだろうね。
だから生きたいと思うことは当然で、死にたいと思うことは本来の生物として異常なんだよ」

「……」

「そのうえで現在の世界での自殺者の割合が増え続けているのを考えた時に、僕達は近未来で滅亡してしまう運命なんじゃないかって。
そんな未来が近くまで迫っているんじゃ、僕達が生きていく為の希望なんて無いなって」

「……だから死のうとしたのか?
その考えに至ったお前は未来に絶望して、生きたいという感情も死ぬことに対しての恐怖も、どちらも感じとれなくなったから自殺なんてことを「それは違うよ」……!」

「そうじゃないんだ……逆なんだよ。
他人の事なんて何も知らないくせに。
世界の事なんて何も知らないくせに。
自分で行動を起こすことも無く、何かを変えようとする意識もないくせに、さも自分が賢い傍観者の様に振舞って決めつける愚者。
仕舞いにはその妄想のみで未来には希望がないなんて考える屑。
そのくせそいつ自身は平穏な日常を享受して現在を生きているんだ……!
……そんな奴がいたら、そいつは最も忌避すべき悪人だとは思わないかい?」

「……じゃあお前は」

「あぁ、そうだね。
僕が自殺しようとした要因は自分に対しての激情だよ。
僕が絶望したのは未来なんかじゃない……」


──自分自身なんだ。

3/11/2023, 11:36:20 AM