《日陰》
※完全に季節外れな話です
「いやー、やっぱ真夏のこの時間に歩くべきじゃないわー。確実に熱中症になって死ぬわねー」
高二、8月上旬のある日の正午頃。私、熊山明里(くまやま あかり)がここ、並木町のシンボルの桜並木を歩いていると、並木の真ん中くらいの大きな桜の木の下にできた小さな日陰で涼んでいる人物を見つけた(正午頃だから、太陽が真上にあってどうしても影が小さくなるのだ)。
「あれ、そこにいるのは蒼戒じゃない。どしたのー? こんな時間にこんなところで」
桜の木の下にいたのは私のクラスメイトで幼馴染の齋藤蒼戒(さいとう あおい)。高身長だし整った顔立ちをしてるし結構なイケメンだが、この涼しげな男に夏は似合わない。
「……ああ、明里か。その台詞、そっくりそのままお前に返す」
「私は部活帰り。暑すぎて熱中症対策で中止になっちゃって。何もこの暑い中帰らせなくてもいいのにさー」
それこそ熱中症になっちゃうってのに。
「そりゃご愁傷様」
「ところであんたは?」
私は蒼戒と同じ桜の木の下の日陰に入る。はー、ちょっとは涼しい。
「大体お前と同じだな。道場で俺と須堂先輩と沖原と師範の4人で剣道してたんだが、どうにも暑いということでお開きになった」
蒼戒のいう道場は、並木の外れにある格闘技の道場で、ありとあらゆる格闘技を極めた師範が経営している。主に剣道と空手を教えていて、希望すればなんでも教えてくれる。そこで私は空手を、蒼戒となつは剣道を習っていた。
ちなみに須堂先輩は梅ヶ丘高校剣道部の歴代最強(男子含む)の女主将で、沖原(先輩)は私たちのひとつ年上で次の主将候補だ。
「最近ホント暑いもんねー。……ってそうじゃなくて! 私が聞きたいのはなんで並木のど真ん中で休憩してるのか、よ! まさか熱中症⁈」
よくよく考えてみたらこんなところに蒼戒がいるなんてただごとじゃない! なんかすごい心配になってきた!
「そう騒ぐな。少し暑かったから軽く休むことにしただけだ」
「嘘つけ! あんたが休もうとする時って相当ヤバいって相場は決まってるの!」
「どんな相場だ」
「経験則よ。ちょっと顔見せてみなさい」
私は蒼戒の正面に回って無理矢理私の方を向かせる。……やっぱり。いつもは青白いくらいの顔が、今は赤い。
「ったくあんたって人は! 水買ってきてあげるからちょっと待ってなさい!」
ギリギリまで休まない、というか倒れるまで休むという発想がないのがこの男。こいつが休んでる時点で早く気付くべきだった……!
というわけで私はダッシュで近くの自販機で冷たいミネラルウォータを買い、また走って蒼戒の元へ戻る。
「ほら蒼戒、水! 大ごとになる前に飲みなさい! どーせあんたのことだから朝からろくに水分とってないでしょ?」
「よくわかったな。あ、いや師範に水を一杯飲まされたような……?」
「どっちでもいいから早く飲め! この暑いのに帽子も被らず水筒も持たず長袖長ズボンでいればそりゃ熱中症にもなるわ! サイトウは何やってるのかしら?」
こういうことに気を使うのは、蒼戒の双子の兄のサイトウこと齋藤春輝(さいとう はるき)の役目のはずなのに。
「わかったわかった」
私が強く言い続けると、蒼戒は観念したように水を受け取る。カチリとペットボトルのキャップを開けて、一口。それから砂漠で水を得た人のように飲み始めたから、私は安心してホッと息をつく。口の端からこぼれた水が、首を伝って溢れていく。こうしてみると、やっぱりちゃんと男の子なんだな……蒼戒。……ってこの期に及んで何考えてんだろ私!
「まったくあんたって人は……。水分塩分はちゃんと摂りなさいってあれほどいろんな人に言われてるのに」
「ふー……、やっぱりこの時期は水分補給しないと駄目だな。ありがとう明里」
「別に気にしなくていいわ。というかこうなる前に自分で水飲め!」
「正直言ってこういうことには執着ないから無理だろうな。そういう思考にならない」
「あんたはもうちょっと自分の体を大切にしなさい。……あら、もう動いて平気なの?」
さて行くか、と立ち上がった蒼戒に私は言う。
「問題ない。……心配かけたな」
「だからそう思ってるなら自分で水飲め。あとあんたの家まで送るわ。途中で倒れられても困るし」
「いや大丈夫だから……」
「この私に心配かけたのはどこの誰かしらねー? あとサイトウに一言物申してやる」
「物申すなら俺だけに。春輝は関係ないだろう」
「大アリよ。そもそもサイトウがちゃんと水持たせてればこんなことにはならなかったのに……!」
「……まあいいか。でも途中まででいい」
「ダーメ! あんたを無事に家に送り届けるまで私帰らないわよ!」
というわけで私は無理矢理蒼戒を家まで送り届け、サイトウに一言文句を言う。
最近の夏はマジで暑いから、皆さん熱中症にはお気をつけて。ヘタしたら死ぬわよ。
(おわり)
2025.1.30《日陰》
1/29/2025, 4:34:27 PM