鯖缶

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「メグミさん、ちょっとお話があるんですが…。」
名前にさん付け、下手に出た話し方、つまり悪い話だ。メグミは「は?」と不機嫌丸出しになりそうな返事をぐっと堪え、「なあに? カズヒラくん。」と今できる最高の笑顔を向ける。結婚式まであと2日、こんな時に揉めたくない。
「結婚式で参列の人たちに配るプチギフト、頼んだじゃん?」
プチギフトはメグミが体型に気を使いながらも自ら食べて、吟味に吟味を重ねようやく決めた焼き菓子の詰め合わせだ。メグミは血の気が引いた。
「え? まさか手配できてなかったの? 申し込みしたって言ってたよね?」
「いやいやちゃんと参列者に行き渡るだけ、すっごい美味しそうなお菓子が届いたよ!」
「じゃあ、何?」
メグミは訝しげに首を傾げる。
「パッケージの名入れが、ね…。」
カズヒラがスマホを操作し、画面をメグミに向ける。
《ありがとう》
《LOVE & PEACE》
「はぁ!?」
先程堪えた言葉が、更に勢いを増してメグミの口から飛び出す。
クッキーが整然と収まった、サイコロ状に作られたプラスチック製のケースの表面に貼られたシールにそれは印字されていた。
「なんでこうなるのよ!確認のメールも届くでしょ!?」
「うん、届いてたんだけどね…その手違いというか…」とメグミの剣幕に圧倒されたカズヒラはビクビクしながらまたスマホを操作し「ここなんだけど」と画面を指差す。注文フォームの備考欄にパッケージシールのメッセージと二人の名前が入力されている。
「ん?」
《愛と平和 ローマ字でお願いします。》
「その後、確認のメールが来てたんだけど、色々忙しくて、ちゃんと見てなくて…。」
メグミはがっくりと肩を落とす。これは手違いではなく完全にこちらの説明不足と確認ミスだ。
メグミは『愛』と、カズヒラは『和平』と書く。
「どこの音楽フェスか、感動系長時間生放送で配るのよ…。」
打ちひしがれる愛に「まあ、ほら、全然的外れって訳でもないし。」と励ますように言った和平は、「あんたが言うんじゃない!」と早急にシールの手配を言いつけられるのだった。

3/11/2023, 5:56:17 AM