NoName14

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「終点です。」

その声に、はっと目を覚ます。

「随分と、お疲れ様のようで…」

少し困ったように、年配の車掌が
いつの間にか散らばってしまっていた
資料を拾い上げ手渡してくれた。

すみません!
そう、声をあげる前に

「身体に、気をつけて」と、何故か車掌は
意味深に肩をぽんと叩き去ってしまった。

まだ、寝ぼけているのか
見知らぬ駅だ。寝過ごして終点に
着くなんてここ最近じゃ、よくある事なのに。

ふらふらと駅を出ると…目の前には
黄金に輝く稲畑と、夕焼け空。
まだ、夢の中なのか?
沢山の赤とんぼが、舞い飛ぶ田んぼの中を
少年が無邪気に走り回っている。

ぁあ…と、膝から崩れ落ちる。
いつの間にか、涙が溢れて止まらない。

肩をぽんと叩いたのは

「父さん…」

田舎が、嫌いだった。
都会の暮らしに憧れて、がむしゃらに
働いた。何年も連絡ひとつしなかった。
最期に見た父さんは、見る影もなく
痩せていた。

その後も目的も見つからない
都会の暮らしにしがみついた。

だけど、本当に求めていたのは…

黄金に輝く稲畑に目を向けると
あの日の父さんが、遠くに立っている。
強く逞しく男らしいあの姿のまま。

「父さんみたいに、なりたかったんだ」

目を覚ますと、自宅の玄関に
倒れ込んでいた。
未だに、涙は止まらない。

俺は、徐に封筒を取り出し
徐に辞表と書き出した。

街での暮らしは、もう終点だ。
俺は故郷に戻る。
そこが、また新たな起点になると信じて。


【お題:終点】

8/10/2023, 12:16:01 PM