今日のテーマ
《神様だけが知っている》
『困った時の神頼み』という言葉がある。
正確に言うなら『困った時“だけ”神頼み』かもしれない。
普段は見向きもしないくせに、困った時だけ頼ろうなんて虫が良すぎるって、きっと神様も呆れるに違いない。
そう思いながらも、どうしても何か超常的なものに頼りたくなる時というのはあるもので、今のオレがまさにその状態というわけだ。
(神様、どうか、どうか、お願いします! これからはちゃんと信心深くなるし、お参りにも頻繁に来ます! お賽銭は小遣いに余裕ないから毎回とはいかないけど、境内にゴミ捨てたりしないし、ていうかゴミ見つけたらちゃんと拾ってゴミ箱に捨てるようにします! 授業も真面目に受けるようにするし、赤点取らないようテストも頑張ります! えーと、あと何すればいいかな……とにかくいろいろ頑張るのでどうかオレの願いを叶えて下さい!!)
近所の小ぢんまりした神社の拝殿で一心不乱に手を合わせる。
これで神様が願いを叶えてくれるというなら、お百度参りだって丑の刻参りだって何だってする。
いや、丑の刻参りは藁人形に五寸釘で呪うやつだっけ?
信心深いとはお世辞にも言えない現代っ子のオレにとって、神といえば大好きなアーティストだったり動画配信者だったりという「手が届かない実在の人物」とかその人の作品とかに使うことが多い言葉で、所謂『神様』については存在すらも怪しいと思ってたりするんだけど。
それでも、そんな、普段は全然信じてないオカルトじみたものにまで頼るほど気持ちが追い詰められてる。
藁にも縋る思いというのはこういう時のことを言うんだろう。
オレには好きな子がいる。
幼馴染みというのに近いかもしれない。小学校の時から他愛ないじゃれあいをする間柄だ。
それは中学を経て、高校になってからも変わらなかった。
お互いに自転車通学が可能な学校を選び、学力にも大した差はなかったこともあって、同じ高校に進んだというのもある。
クラスこそ違うけど、気心が知れてることもあって、移動教室とかで顔を合わせれば声を掛けたり掛けられたりするし、方向が一緒だからたまに一緒に帰ることもある。
おかげですっかり公認のカップルみたいな関係だった。
それで満足して油断してた昨日までの自分の脳天気さに蹴りを入れてやりたい。
異変は昨日の放課後に起こった。
オレ達が実はつきあってるわけじゃなく、単なる友達でしかないことをどこからか聞きつけた彼女の同クラのやつが、よりによって校門前なんて目立つ場所で告ったというのだ。
噂はたちまち広まって、何も知らずに登校したオレは朝から質問攻めに遭った。
話によれば、告白したやつはその場では返事をもらわずに一方的に言い逃げしたらしい。
バイトでホームルームが終わると同時にダッシュで帰ったことが悔やまれる。
ていうか、そんなことがあったなら誰か昨日の内に連絡くれてもいいだろうが。
彼女がどんな返事をするのかは分からない。
少なくとも今日帰るまでの間にはどうなったのかは聞こえてこなかった。
本音を言えばすぐにも確認しに行きたかったけど、オレが迂闊に動いたら更に騒ぎは大きくなって彼女を困らせることになる。
今日は彼女はバイトの日で、彼女の同クラの奴の話では、放課後になると同時に逃げるように帰ってしまったらしい。
そのバイト先というのはオレの家のすぐ近くで、だからオレは今日、バイト終わりの時間に合わせて直接話をしようと思ってる。
これまで噂を強く否定してなかったのは、きっと彼女もオレに気があるからだ――なんて、自惚れてた。
でも、告られてすぐに断らなかったということは、つまり彼女もまたそいつのことを悪く思ってないってことなんじゃないか?
そのことに気づいて、オレは自分がいかに余裕ぶっこいて自惚れてたかを思い知らされたというわけだ。
でも、だからといって彼女が他の奴のものになるのを指を咥えて見てるなんてできない。
いつから好きだったのかは自分でもよく分からないけど、オレだってずっと彼女のことが好きだったんだ。むしろ『いつから』とか明確に分からないくらい前から意識してたとも言える。
恋敵が現れて慌てて告るなんて格好悪いことこの上ないけど、それでも何もせずに諦めるよりはずっとマシだ。
そうしてオレは一心不乱に神頼みをしているというわけだ。
振られませんように、と祈りたいのは山々だけど、さすがにそれは男が廃る。
考えたくないけど、もしも玉砕した時に、彼女を傷つけることがありませんように。
できれば玉砕しても、これまで通り……いや、これまで通りは無理としても、せめて無視されたり距離置かれたりすることなく、友達としてはつきあっていけますように。
限りなく弱気で情けなくもあるけど、オレはそんなことを長々と神様に懇願した。
でも、できたら――やっぱり、彼女がオレを選んでくれたらいいな、と。
ほんの僅か、縋りたくなる気持ちが頭を擡げる。
駄目だ、駄目だ!
神頼みで彼女の気持ちをこっちに傾けてもらおうなんて虫が良すぎるってもんだろ!
既に『困った時“だけ”神頼み』をしてる段階で充分すぎるくらい虫がいいんだから、これ以上は欲張ったら駄目だ。
頭を振って都合のいい願いごとを振り払うと、オレはもう一度財布を出して、追加のお賽銭を賽銭箱に投げ入れる。
明日の昼飯のパンが1つ減るなと思ったけど、そこはケチっちゃ駄目だよな。
二拝二拍手一拝し、最後にもう一度だけ願いを告げて、オレはようやく神社を後にした。
オレが決死の思いでした告白が無事に成就することも。
件の告白劇が、実はなかなかくっつかないオレ達に業を煮やした周囲の連中が画策したことだというのも。
それを知ったオレと彼女が怒りながらも周囲の祝福の声に絆されてしまうことも。
今はまだ、それを知るのは神様だけ。
7/5/2023, 9:49:17 AM