のなめくん

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子どものころの夢は何だっただろうか。子どものころの宝物は何だっただろうか。
社会の荒波に揉まれ早12年、ふと、幼い頃のおれはこんなおれを夢見ていただろうかと思い、仕事を辞めた。親父は早くに死に、お袋は頭がおかしくなっちまって大学を卒業する頃には精神病院にぶち込まれた。ぶち込んだ。
おれ一人が辞めたところで誰の迷惑になるでもない。いや会社の迷惑にはなるかもしれんが20連勤を強いてくるようなクソ企業は迷惑をかけてナンボだろう。

と、言っても衝動的に辞めたものだから行く宛も無い。8年間で貯めた金はあるものの、働かなければ無くなるのは火を見るよりも明らかだ。
どうするか、と平日の昼間から公園のベンチにスーツで項垂れるおれはリストラされた人そのものだ。自分の意志で辞めたかどうかという差はあるが、そんなものを誇ったところで、だろう。



あることを思い出した。
今、唐突にだ。なんで思い出したのかは知らないしどうでもいい。けれど確かに思い出したことがある。
中学生の頃、まだ親父も生きていてお袋もイカれてなかったころ、近所の公園にタイムカプセルを埋めた。確か、二十年後の私へ、だったか。肝心の中身は覚えていないが、それだけは思い出した。
思い立ったが吉日、と言わんばかりにおれは立ち上がった。取り壊されたりしていなければ、あの公園は電車で1時間弱揺られる必要がある。手持ちの金も限られている。そんなくだらない事にかける時間も金もない。おれの冷静な部分はそう告げてくる。
だけど、おれの熱い部分はそうではないらしい。そんなことしったこっちゃねえと駅に走り出す。すれ違う人々にギョッとされるが、気にせず走る。息切れしながら電車に乗り、目的地に向かう。

公園の入口には立入禁止の文字と、三角コーンに、黄色と黒の縞々のよくある棒。思い出の公園は、取り壊しにはなってはいないもののとっくに使用禁止にはなっていたらしい。
少しばかりの罪悪感を感じながらコーンの奥へ進む。少しばかりの期待と、ワクワクと、そしてほんの少しの恐怖を持って進む。

――恐怖?

おれは、なにに恐怖しているんだ?その事に気付いたら、恐怖が次第に大きくなってきた。この先に進むことを辞めろ、と脳みそがガンガン警鐘を鳴らす。冷や汗が止まらない。おれは、なにかを知らない。なにかを思い出していない。なにかを忘れたままだ。
止まりたい、と思っているのに足は止まらない。バレないように、トイレの裏に埋めたんだ。掘り起こされたりしないように。この角を曲がれば、思い出していないナニカがある。怖い。だというのに、おれの足は止まらなかった。

角を曲がった。女の子が一人、こっちを向かずに立っていた。白いワンピースを着た、中学生くらいの女の子だ。

――おれは、彼女を知っている。

彼女は、おれに気付いたのかゆっくりと振り返る。
「ああ、やっぱり来たんだ」

――おれは、彼女を知っている。

顔立ちの整った、幼い少女だ。後ろ姿から推測できた通り、中学生くらいの、可愛らしい少女。
「久しぶりだね、工藤くん」

――おれは、彼女と一緒にタイムカプセルを埋めたんだ。

「な、んで」
口から漏れた言葉は音になっていただろうか。

神崎 静香。おれの中学の同級生は、何故か当時と変わらない姿で、おれの前に立っていた。

「工藤くん、キミ、ここに埋めた宝物は覚えているかい?」


――忘れた過去を、消し去った記憶を、あの夏の宝物を、覚えているかい?

11/20/2023, 10:29:00 AM