谷間のクマ

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《さらさら》

「……綺麗だな」
「は?? 何が?!」
 とある日の放課後。私、熊山明里が幼馴染でクラスメイトで、最近私の彼氏になった齋藤蒼戒と歩いていると、ふと蒼戒が口を開いた。
「あ、いや……、綺麗な髪だな、と思って」
 私がびっくりして聞き返すと、蒼戒は少し恥ずかしそうにそう答える。今日は風が強くて私の長い黒髪がさらさらと風に靡いているからそれを見て言ったのだろう。
「あー、そゆことねー」
「そういえばお前、出会った時からその髪型だが伸ばしているのか?」
「んー……、まあそんなとこ。切るタイミング失っちゃってさ」
 本当は何度か切ろうと思ったことがあるが、昔天望公園で蒼戒に出会った時がこの髪型だったこともあり、『あの時の少女』としての面影を消さないよう、ずっと切らずにいたのだ。
「そうか……」
「何、違う髪型見たいわけ? それなら乾かすの面倒だしいいい加減切っちゃおうかしら」
「いや……、そりゃ短いのもいいと思うが、そんなに綺麗なんだ。本気で切ろうと思うまで待つべきだと思う」
「……そうね。もうしばらくこのままでいいわ」
 蒼戒が綺麗だと言ってくれたのだ。切るに切れないじゃない。
「ああ、それがいい」
 蒼戒はそう言って私の髪の一房をそっと手に取る。
「しかし綺麗だよな……。さらさらだし……」
「………………」
 蒼戒は私の髪をめちゃくちゃ褒めているが、私はその言葉でつい真っ赤になってしまう。
「ん、お前顔が赤いぞ? 熱でもあるのか?」
 蒼戒がふと私の顔を見て言う。
「〜〜〜!! あんたのせいだからね!」
 私は声にならない声をあげて蒼戒から距離をとる。
「? 俺何かしたか?」
「んもー! こーの天然人たらしー!!」
 さっぱりわからないと言いたげな顔をしている蒼戒に私は言う。というかこれ他の人にやらないでよ?!
「? ……なんかすまん」
「そーゆー問題じゃない!」
 そんなこんなで何気に青春っぽい会話をしながら私たちは家路に就いたのだった。
(おわり)

2025.5.28《さらさら》

5/28/2025, 4:35:50 PM