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♯風景


 私は今、スマホを見つめている。フォルダには彼氏と撮った思い出の写真が何十枚も並んでいた。満面の笑みを浮かべた彼氏と、作り笑いで顔を強ばらせる私。
 子どもの頃から写真を撮られるのが嫌だった。写真に写っている私を見るのが、見られるのが、とても嫌だった。写真の中の私はいつもよりなんだかブサイクだ。野暮ったそうで。愚鈍そうで。浮腫んでいる。
 それでも三年間、写真を撮り続けてきたのは、彼氏に嫌われたくなかったから。私をもっと好きになってほしかったから。ようするにご機嫌取りだ。
 いちばんブサイクになる瞬間を切り取られても、スマホの中に無理やり詰め込まれても、我慢して、我慢して、我慢して――なのに、結局フラれてしまった。
 全部の写真にチェックをいれた後、私は削除しようとして――ふと、思いとどまる。
 そういえば写真から特定の人物のみを消せるアプリがあるという。いかにもSNSが発展した現代らしいツールだ。
 私はさっそくアプリをインストールし、作業に取りかかった。
 消しゴムをかけるように、風景の中から彼氏を消していく。
 反対に、私の胸に巣食っていた穴が少しずつ埋まっていく。
 ……別れ話になったとき、私はおとなしく従うしかなかった。子どもの頃からケンカと縁のなかった私には、怒って暴れるなんて発想もなかったし、実行できる意気地もなかった。
 ――これが、私のささやかな復讐。
 風景の中で、私ひとりだけが、ぎこちなく笑っていた。

4/13/2025, 5:39:48 AM