神崎たつみ

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#好き嫌い

 今日の晩御飯は何にしようかなぁ。
 スーパーに立ち寄って色々食材を見て歩く。そこそこの収入はあれど、節約して困ることもない。だから安価で美味しく食べられるメニューにばかり意識がいってしまう。
 昨日は時間が合わなくて作れなかったけど、一昨日はビーフシチューを作った。牛肉が安かったことと、あとは単純に漣くんが食べたいって言ってたから。大鍋にいっぱい作ったら喜んでおかわりして食べてくれたから僕も嬉しくなっちゃって、また作るね、って約束もしちゃった。だからといって日も空けずにまたビーフシチューというのもちょっとね。いくら約束したと言っても、それじゃ直ぐに飽きちゃいそうだし。
 カレーもスパイスの違いはあれど似たような作り方だし、何が良いかなぁ……。
 考え始めるとキリがない。そこでふと別の切り口で考えてみることにした。漣くんが嫌いなものは避ける、という方向で。……あ、でも。
 漣くんの嫌いなものって何だろう?
 そう言えば僕は知らない。好きなものは知っているのに。……もしかして嫌いなものは無い? 僕が知ってる限りでは、これまで作ったものはどれも好きだと言っていた。嫌いなものを作りたいわけでは無いけど、誰だって苦手なものくらいはありそうなものなのに、一度も苦手そうな顔をしたことがない事実に気付かされた。
 あれ、……どうしよう? この切り口じゃメニューが決まらなくない?
 考え込んでいた僕の肩が急に重たくなった。
「遊木さんみっけ」
「わ、びっくりした!」
 僕がずっと考えていた当の本人が顔を見せた。肩に腕を回して、ちょっと口の端を持ち上げてニヤリと笑うその顔が悪戯っぽく見えてかっこいいけど可愛く思える。本人には絶対言わないけど。
「今日は何作る予定なんすか?」
 僕が考えてることには全く気付かずに、まだ空っぽの籠へと漣くんは視線を向けた。何も入ってないから何の推理も出来ないだろうけど、そもそもまだ何も決めていないから仕方ない。
「考え中なんだけどね。漣くんは何食べたいとか希望ある?」
 僕だけじゃ決められないから素直に問いかけると、漣くんも素直にうーん、と考えてくれていた。
「何でも良い、は作る人にとってはめんどくせぇんですよねぇ? でもなぁ……オレ遊木さんが作ってくれるものは何でも好きなんで」
「……それは、『何でも良い』と同じだよね?」
「ですよねぇ……」
 すみません、と謝罪の言葉を口にして、肩に腕を回したまま首を傾げている。だいぶ考えてくれているみたいだ。
「今日はね、キノコが安いんだよね」
「キノコっすか……。ホイル焼きとかどうですか」
「キノコだけだとバランス良くないよねぇ。鶏肉も入れたら良いかなぁ」
「ああ、それいいっすね! じゃあそれにしましょう!」
 途端にうきうきとして僕が持っていた空っぽの籠を漣くんが取り上げた。そして、売り場をまた歩いて籠に放り込んでいく。
「考えてみたら漣くんの好き嫌いってあんまり聞いたことないなって思ったんだよね」
 僕がなんとなく問うと。
「だから、遊木さんが作ってくれるなら何でも好きですよ? 作ってくれるのが遊木さんだから、とも言いますかね」
 臆面もなくそんなこと言わないで欲しい。唐突過ぎて、熱くなってしまった顔を隠すことすら出来ないじゃないか。咄嗟に俯いた僕の耳元で漣くんの好きなものを囁くなんて酷い追い討ちだ。

6/12/2023, 2:37:41 PM