道端にコンニャク落ちてた

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テーマ:『この世界は』






 ―――千年に一度、この星に月が最も近づく日。



 今宵ふりそそがれるは災いの光り。照らされる全てのものは冷たく、青に染まる。





 そして―――






 薄い外套に身を包み、仄暗い森のなかを月あかりだけを頼りに進む。背の高い木々はどれも奇怪な格好をしていてそれが闇へと誘いこむ魔物のように見える。
 
 だいぶ前から喉が乾いているが、水袋の中身は残り少ない。はやく飲み水を確保しなければならないのだが、残念ながらその時間はない。迷わずにまっすぐ行けたとしても、目的達成に間に合うかどうか。
 
 歩く速度を上げたつもりだが、四肢の感覚が麻痺していてうまく歩けているのかすらも分からない。からだ中から響く悲鳴は聞こえないふりをしている。限界はとうに超えていた。

 
 
 ふいに、一匹の蝶が目の前を横切った。
 鮮やかな飴色に黒で細く縁取られているその翅は、万物を青に染めあげる月の光りをものともせず、異彩な存在感を放っている。
 それはまるで、悠久の時のなかで太古の光りを秘めた琥珀の翅。

 蝶はこちらを誘うように森の奥へと飛んだ。ひらひらと、しかし真っすぐにどこかへ向かっているようだった。意を決してそのあとを追いかける。

 どのくらい経っただろうか、蝶に誘われるがままついて行くと大きくひらけた広場に行き着いた。



 
 眼前に広がる此の世のものとは思えない光景に、息をすることさえ忘れていた。




 広場には、人の手でつくられたであろう建造物があり、その一部が広場の中心にある水晶色の泉に水没している。

 足もとには見たこともない植物が生い茂り、そこかしこに得体のしれない光が漂っている。


 星空を思わす瑠璃色の葉と、光沢を帯びた純白の幹をもつ大樹が広場をぐるりと囲み、頭上には今にも堕ちてきそうな青い月がしんしんと光りを放っている。



 青と白でできた、美しくも冷たい神秘がそこにあった。



 疲労も痛みも何もかも忘れて、ただ見惚れてしまっていた。危うく、本来の目的を見失ってしまうところだった。
 すると、目の前をまたあの蝶が横切った。蝶は遥か上を目指して飛んでいく。
 目の先で追いかけていると、別の蝶が視界に入った。翠玉の翅をもつそれもまた、上へと飛んでいく。さらに黄玉の翅をもつものや、紫水晶の翅に紅玉の翅など、多彩な翅の蝶が空へと飛んでいった。まるであの月を目指しているかのように。

 何十匹。いや何百匹と天高く舞っていくさまは、この冷たい空間に色とりどりの宝石をばら撒いたようで、少しだけ温もりを感じられたように思えた。


 だが、しかし。
 

 美しい光景とは裏腹に、非常に残酷な事実を突きつけられているのだ。

 
 気がつけば、涙が頬を伝っていた。自分が泣いていることを認識すると、激しい感情が渦となり心臓を暴力的に押し上げ、嗚咽を吐かせ、涙を決壊させた。


 


 「ごめんなさい。間に合わなかった」



 

 彼方むこうの月を装飾するように、夜空に散りばめられた宝石たちに向けて、私は力無くそう呟いた。

 一陣の風が吹いた。優しく涙を拭うかのように。
 その風に乗って、彼らは更に高く舞いあがった。



 高く、高く、





 ―――千年に一度、この星に月が最も近づく日。




 今宵ふりそそがれるは災いの光り。照らされる全てのものは冷たく、青に染まる。





 そして









 この世界は、新しく彩られる。






 

1/15/2023, 5:31:37 PM