お題『向かい合わせ』
主様が16歳になられた。
執事たちは皆口々にお祝いの言葉を述べていく。俺もその中のひとりだ。
「主様、お誕生日おめでとうございます。ひとりの人としてすっかり立派にお育ちになられて、俺も嬉しいです。
でもその一方で……もう育児が終わってしまったんだな、と思うと寂しく思う俺もいます。俺の名前を呼びながら一生懸命ハイハイをなさっていたのがつい先日のように……」
あ、だめだ、このままだと泣いてしまう。それを悟られたくなくてレンズを拭くふりをしてモノクルを外せば白いハンカチが差し出された。
「もう、フェネス、おおげさ。それじゃあまるで結婚式のスピーチじゃないの」
すみません、とハンカチを受け取り涙を拭えば、そこには前の主様に瓜二つのお顔がある。
結婚式、という言葉で思い出した。
「あの……よかったら前の主様——お母様のお写真をご覧になりますか?」
主様は目をぱちくりさせている。
「嘘……写真があるだなんて、聞いてない……」
「ええ、今までお話しませんでしたからね」
すぐにご用意します、と言い残して一旦2階の執事室に戻った。棚に眠らせている膨大な日記帳と主様からいただいた絵などの奥に、目的のアルバムが眠っている。
主様がこの屋敷にやってきてすぐの頃に撮った、エスポワールの写真館の宣伝用に撮影したウェディング姿の、前の主様と俺の写真。雰囲気作りのためとはいえ、愛の誓いを立てさせていただいたのも記憶に新しくて頬に血が集まってくる。
「今は感傷に浸ってる場合じゃない」
本来の目的を果たすべく、主様の部屋に向かった。
アルバムを広げた主様はしばらく無言で見入っていた。
「おかあさん……」
そう呟くと、堰を切ったように涙を流し始めた。俺がハンカチを差し出せば、目元をゴシゴシ拭い、ついでに鼻をかんでいる。
「やだ、大袈裟なのは私の方だわ。ごめんね、フェネスとお母さん。私、今猛烈に嬉しさと嫉妬でぐちゃぐちゃになってるの」
「嫉妬、ですか?」
「そうよ、嫉妬よ。私より先にフェネスとウェディングドレス着て幸せそうに笑ってるのがこの上なく悔しいの! でも……」
主様の人差し指が、前の主様の輪郭をやさしく撫でた。
「お母さん、ちゃんと幸せだったのね。……よかった」
8/25/2023, 2:36:16 PM