光る苔

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BIG LOVEという言葉を聞いて思ったことがある。
BIG LOVEがあるのならSMALL LOVEもあるべきだろう。
BIGLOVEとは、直訳すると大きな愛であるが、ネット上では大好きという意味で使われるらしい。

僕は愛=好きであるのか。
と疑問に思った。
愛どんな言葉なのだろう。

僕はこう思う。
愛とは便利な言葉である。

例えば、
愛している。
この言葉だけでいくつの意味があるのだろうか。

恋愛としての愛。
家族としての愛。
友情としての愛。
自分自身への愛。
世界に対する愛。

愛とは様々な形になれる。
愛とは何処にでも居れる。

だから、愛というぼんやりとした言葉に人は逃げてしまうのだ。

よく世間は言う。
恋愛をしろ、と。
家族を愛せ、と。
友を大切に、と。
自分を好きになれ、と。
何事にも慈愛の心をもて、と。

人は何かを愛さなければ生きていけないのだろうか。

-全く、その通りである。
人は何かを愛さなければならないのだ。

人は子孫を残そうとして、愛を知った。
人は子供を育て続ける為、愛を与えた。
人は人と深く繋がるのに、愛を使った。

愛とは、人類の歴史である。

最初に言った。
愛とは便利な言葉である。と。
そして、こうも言った。
愛と言うぼんやりしたものに逃げてしまう。とも。

愛は人のために作られたものである。
故に、愛は便利な手段であるし、逃げ場所でもある。
だからこそ、それを恥じることはない。

しかし、「愛が何であるか」とを考えずにそれを使うのは愚かである。

人は、大小はあるものの愛を持っている。
大きな愛、小さな愛、真っ直ぐな愛、歪な愛。
愛に形などないのだ。

自分なりの愛を見つけ、そして与えることで本当の意味で何かを愛すことができるのだろう。

愛とは便利な言葉だ。
しかし、不思議な言葉だ。
誰もその本当の姿を知らない。

もしかしたら、今は愛の形が分からないかもしれない。
愛の形が歪かもしれない。
愛の大きさが小さいかもしれない。

けれど、それは今、君の愛である。
愛は、必ず赤いハートの形である必要はないのだ。

愛とは元々自分の奥底に在るものだから。

4/22/2025, 12:19:21 PM