冴えた目とは裏腹に、重い体はベッドにすっかり沈みこんで起き上がれそうにない。不可能というわけではないが酷く億劫だ。時計を見ればすっかり夜も更け、本来ならば寝息を立てているべき時間。
転がるようにして体制を変え、もうひとつの空のベッドを目にとめた。本来ならば彼がいるはずのベッドだが、この時間まで埋まらないとなれば何となく事情はわかる。神経質で人間嫌いの厭世家は職場で寝ることをしない。他人がいる空間では常に気が張って休めやしないと零したこともあったし、そもそも家までそこまでの距離があるわけでもない。どこかに泊まっている可能性は低いだろう。仕事が山積みという話も聞いていないはずだ。
放浪か、と結論を出す。
たまにふらりと帰らなくなるのだ。外泊も野宿もしないので大幅に日を跨いで行方をくらますことはないが、どこにいるのか皆目検討がつかなくなる。こうなっては私も楽しくはない。夜という時間はやけに嫌なことばかりが頭をよぎるもので、不安で目が冴えて眠れなくなってしまう。革靴の下は石畳だろうか、街灯は見えるだろうか、怪我はしていないだろうか、ちゃんと、帰って来てくれるだろうか。
ひとりで過ごすには夜は長すぎる。早く帰ってきて沈んだ真夜中から連れ出して欲しいと願うが、きっとそれは叶わず、彼は朝日とともにあの戸を開け、孤独の健闘を終えた私を不慣れな手つきで撫でるのだろう。
『真夜中』
5/17/2023, 3:42:21 PM