大狗 福徠

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マグカップ
泥水の様な珈琲を啜る。
カフェインで目は冴えるけれど頭は鈍いままだった。
貴方だけがいればよかったのに。
貴方の死にたい理由になりたかった。
貴方の死ねない理由になりたかった。
貴方のいる未来が良かった。
貴方が幸せでいられる場所で居たかった。
貴方が笑顔じゃなくても、どんな顔でも愛せた。
どんな貴方でも私なら覚えていられた。
私なら、
もう届きっこない手を月に透かす。
当たり前のように空をかく。
ただただむなしいばかりで意味なんてなかった。
珈琲はもう冷めきっているけれど、
眠ることなんてできなくてまた胃の中に流し込んだ。
おそろいのマグカップ。
貴方がくれたマグカップ。
貴方がいなきゃ、おそろいの意味なんかないのに。
私だから駄目だったの?
私だから引き留めさせてくれなかったの?
他の誰かなら、貴方を救えた?
隣のクラスの生徒会長さんなら、
一個上のお姉さんなら、
貴方を慕っていた後輩くんなら、
あの人達なら、貴方は救われてくれた?
なんて、今更意味はないけど。
中身のなくなったマグカップの縁を撫でる。
おそろいじゃなくなった、ひとりぼっちのさみしいマグカップ。
私と一緒だね、なんて。
ひとりぼっちにさせたのは私なのに。
貴方はもういない。
声も手も届かない。
なのにまだ執着している。
酷い愛執。
愛と呼ぶには余りに醜く恋と呼ぶには余りにも愚か。
ひとりぼっちのマグカップを叩き割った。

6/15/2025, 11:04:19 AM