『一輪のコスモス』
一輪のコスモスを差し出されている。
――犬に。
秋麗な今日この頃、夏より幾分と涼やかな金風が辺りを駆け巡り気持ちが良い。
緑から黄色や赤に移り変わる木々の葉、途絶えた蝉の代わりに朝夕に鳴き出す虫の音楽隊。
秋の声を感じて、私が焼き芋でも買いにいくか、と財布片手に家を出た直ぐの事だった。
玄関に犬が居た。
見知らぬ犬だ。
ダルメシアンのような犬で、白と黒のぶち模様が、どうにもオシャレだ。
ただ本人、いや本犬はどことなく疲れ果ててしょげているようで、まるで草臥れたおっさんサラリーマンが挙句に財布を落としたみたいな、そんな有様であった。
そして、一輪のコスモス。
可愛らしいピンクのコスモスだ。
どうやったのか知らないが、簡易なラッピングが施されており、黄緑の夏を思わせる若々しいリボンがよく似合っていた。
「…………あれ? 夏緒くん??」
ふと、自分の口から、そんな言葉が漏れた。
何故なのかは、分からない。
ただ、その犬のしょげな表情と、若々しい黄緑のリボンを見て、無意識に声が、気がつくと出ていたのだ。
大きく目を見開いた犬の姿。
何処からか紅葉や枯葉が風に乗って飛んできて、思わず目をつぶる。
風の収まりを感じ次に目を開けると、そこに居たのは会社の後輩である、夏緒くんだった。
「やっぱり、夏緒くんだった」
「どうして、分かったんですか、秋宮さん」
「ごめん、分からない。直感だったから」
「……秋宮さんって、本当そういう人ですよね」
どこか呆れたような、でもホッとしたように手を握ったり開いたりしている夏緒くんの姿に、犬になって戻れるか不安だったのだと、そのときに気がついた。
「夏緒くんは、どうして犬になってたの?」
「…………分かりません。ただ、焼き芋を買いに行ったとき、紫のローブとトンガリ帽子を着けた人物に『ええい、私はじれじれした恋が苦手なんだ! 遠回しより直球で行け! ラストの焼き芋を恋の道具に使うんじゃない!』って声が聞こえたら、こうなってました」
「なにそれ」
「俺にも分かりません」
二人で首を傾げる。
「そういえば、夏緒くんって焼き芋好きなの?」
「あー。いえ、普通、ですかね。自分だと買いに行かないかも」
「? そうなの? でも、焼き芋買いにって……」
「……だって、秋宮さん好きでしょ、焼き芋」
「??」
「だから、話すきっかけになると、そう思って……」
お互いの間に静寂が訪れる。
どうした秋の声、もっと強く演奏しろ!
あと木々ではなく、私たちの顔を紅葉させるんじゃない!!
「そ! そういえばさ、どうして夏緒くんが犬から人間に戻れたんだろうね!!」
「あー、まあ。古今東西、決まりきった事、でしょうね」
「え? なにそれ」
「片思い野郎が救われるとしたら、童謡の解呪でも在り来たりな方法。両想い、つまり愛の力ですよ」
「…………へ」
「犬になっても相手が自分に気がつくなら、それは愛の力だから、片思いでジレジレしてないで、グッと行けグッと。そんなところでしょうね、はは」
「……私、そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ」
「秋宮さん、鈍いから。自分でも気がついてないだけでしょ」
「そうかなぁ」
「じゃないと、俺は困ります」
――俺は、秋宮さんが好き、なので。
いっぱいいっぱいになった私は、思わず言葉を捻り出した。
「と! とりあえず! い、一緒に焼き芋を買いに行く所から、はじめませんか?」
「よろこんで」
おわり
10/10/2025, 9:00:29 PM