猫頭魚子

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朝起きてから匂うカフェインの香りが好きだった。

彼女はコーヒーを飲むとお腹を崩してしまうと言って、朝起きると紅茶を淹れる。私は彼女の淹れたその香りで目覚めるのだ。私はといえば、小さい頃から朝はコーヒー、ミルクを入れて、砂糖は入れない。そういう習慣があって、起きてから彼女が使って残ったお湯を使って私はコーヒーを淹れる。そうやって二人で悠々と朝の時間を過ごすのが、好きだった。

いつの間にか、忙しさの中でそんな時間は過ぎて、職種の違う私と彼女はすれ違うようになった。私は土日祝休み、彼女はシフト制で接客業の為、私と休みが合うことは滅多にない。久しぶりに合ったとしても、忙しさの反動として休日はベットの中で過ごす事が多くなっていた。彼女の顔は少しずつ痩せこけた。そんな彼女を見るのが辛くて、でも心配で、自分の休日には作り置きを多く作ったり、彼女の誕生日やお祝い事の日には率先して彼女の笑顔のために走り回った。


けれど、彼女は壊れてしまった。


原因は、分からない。病院にも行ったがハッキリした診断はつかず、1ヶ月仕事から離れると言う結論に至った。彼女も私も納得はできないものの、それでも1ヶ月という猶予がもらえた事で少しだけ肩の荷が降りたような気持ちになれた。

今、彼女は紅茶もやめてしまった。代わりに、白湯を一杯飲むようになった。雑誌で白湯を飲むと体が起きる、と書いてあったらしい。この1ヶ月、彼女が飲むために沸かしたお湯で、私は朝紅茶を淹れ、ミルクを入れて飲むようになった。彼女のようにストレートで飲む習慣はまだないけれど、コーヒーとも違うその香りを嗅ぐ事で、あの頃の感情を思いだせる気がしたからだ。勿論、彼女を嫌いになってきているとか、そう言うことではなく。

あの頃、彼女と起きがけに話すくだらない話や、その日の予定、天気によって異なる外の音、鳥の鳴き声、そんな情景が香りから思い出せるような気がしたから。



「あなたがコーヒーをやめたのは、私のせい?」

ふと、白湯を飲む向かいの彼女から聞かれる。寝巻き姿で椅子に体育座りする彼女は、朝焼けを浴びながら私を真っ直ぐな目で見つめていた。私は、そんな質問をする彼女に微笑みながら言う。

「君がいたから、紅茶の良さを知れたし、人と過ごす時間の良さを知れたんだよ。今度は一生朝お味噌汁を作ってほしいといつ言おうか考えてたところさ。」

最初は理解が追いつかないようだったが、徐々に意味がわかった彼女が久しぶりに声を出して笑った。私は、そんな彼女の左手の薬指に触れながら、今度合うものを探しに行こうと伝えた。




【紅茶の香り】

10/27/2024, 12:33:23 PM