10年前、中学校の3年1組のクラス担任になったとき、印象深い生徒がいた。
その生徒は1年生の頃から学年1、2位を争う成績の良い生徒で、何より知的好奇心が高く、物事をよく知っていた。
年度初めの最初の学級活動の議題は、1年間の学級目標と、クラス委員や係の仕事、学校の委員会活動の委員を決めることだった。
クラス目標を決めた後、クラス委員長などの係決めをする。その都合上、今回の会議は日直が司会をしてくれている。1人の生徒が挙手をして、日直が彼を指名した。
「【SUPERNOVA 】が良いと思います」
へぇ、良いじゃん。
そうは思いつつも、担任として公平にクラス目標を決めて欲しくて、顔には出さないように平静を装う。
俺はその意見に関心したが、クラスの皆んなはぽかんとした。
察した生徒が説明する。
『supernovaって超新星のことなんだけど、恒星が生まれて消滅する変化を辿るときの最終形態の大爆発のことで、その爆発は一時的に他の恒星を凌ぐほど明るくなるって言われてる。僕たちも、supernovaみたいに輝きたい、輝くぞっていう意味を込めてみた』
説明を聴いている途中で生徒たちの目がキラキラと輝きだし、それはクラス全員に広がった。なにより、提案をした生徒が明るく前向きに快活に説明する。
直感的にこのクラスは彼を中心に良いクラスになる、そんな気がした。
その後のクラス役員決めで、彼が全員一致でクラス委員長に決定するのは、もはや当然のことだった。
結局、彼は定期テストや模試など学年1位を1年間守り続ける。
高校受験模試では偏差値が70を下回ることはなく、県内のどの高校を志望しても進学できる実力があった。当然、学校内では県内トップの進学校の受験を推す声ばかりだったが、彼は首を横に振った。
中学校校区内にある偏差値60の進学校に行くと言う。
理由を尋ねると、彼は言った。
「天文部に入りたいんです。学校の大型の天体望遠鏡で天体観測をしたり、定期的にプラネタリウム鑑賞をしたり、他の高校の天文部と交流会を盛んに行っているので、そこしか考えていません」
年度初めのクラス目標をsupernovaにしたいと言った彼を思い出す。
希望に満ち溢れた快活さで、クラス全員と俺を魅了したあの瞬間を。
同席している進路指導主事が尋ねた。大学進学先に大きな差が出るが、それでも良いのかと。
彼はそれにも明確な答えがあった。
「親と話し合って、進学塾に入る予定です。結局、塾で対策するのが効率よく試験対策ができると思いますから」
親御さん納得の上での進路決定なら、もう何も言うことはなかった。
彼は高校へ行っても輝くのだろう。
Supernovaのように。
卒業式終了後、教室で俺たち教師が1年間撮り溜めたクラス写真や動画をスライドショーにして、生徒や親御さんに見てもらう。
彼を中心に、1人ひとりが超新星爆発後の星のかけらのような、輝きに満ち溢れた写真が次から次へと流れていく。
泣くまいと堪えていた涙腺が、合唱コンクールの歌声で崩壊した。生徒にはバレたくなくて、涙を拭わずにパソコンのキーボードを睨みつける。
スライドショーが終わり、俺は生徒たちに背を向けたまま、深呼吸を繰り返して心を落ち着ける。
生徒たちに向けた、最後のメッセージ。
星のかけらのような煌びやかなこの子たちへ。
Supernova みたいに、って言おうとしたのに、まだ感情が昂っていて、涙声で言葉が詰まって出てこない。
「先生、頑張って」と生徒から応援の声が上がりだして、益々言えなくなった。
顔を見れば、ニヤついている顔もあるけれど、皆んな瞳がキラキラしている。
「皆んな、ありがとう。このクラスの担任で良かった。これからも、努力して、Supernovaみたいに輝いてください。それが君たちにとっての未来への鍵になるはずです」
色々省略したけれど、言いたいことは言ったと最後のクラス写真を撮るために整列する。
教室の黒板の上に掲示してあったクラス目標がいつの間にか剥がされていて、それを手に持たされて1番前の中央に座らされる。
俺はまた泣くとか女子かよ。
泣き顔で座る俺は、親御さんに写真をバンバン撮られてヤケになるしかなかった。
あれから10年。
俺の姪っ子が、あの、クラス委員長の彼と結婚する。
彼と結婚すると姪っ子に報告されたときの俺の驚きように姪っ子は爆笑し、挙式披露宴に招待してくれた。
いよいよ明日、2人は結婚する。
その事実が嬉しくて眠れなくなり、深夜、外へ出て近所を散歩した。夜空を見上げると、深夜の空はたくさんの星が瞬いている。
10年ぶりに彼と会える。きっと彼は未来への鍵をしっかり握りしめて、立派な大人の男になっていることだろう。
3年1組の同級生は誰か招待しているのだろうか。
女子は流石に招待していないか。
同窓会みたいにならないかなあ。
やっぱり興奮して眠れそうにない。
俺はたくさんの星から冬の大三角形を見つけて、知っている星座を辿っていった。
星のかけら & 未来への鍵
1/10/2025, 1:25:02 PM