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 欲って大事なの。原動力になるもの、と笑ったあの子の気持ちが知りたくて、その『欲』ってやつを食べてみた。彼女から滲み出た欲は、なんだか甘い味がして、美味しかった。
 他の人の欲も同じ味がするのだろうか。確かめてみたくて、次に会った男の人の、なんだかぎらぎらした感じの欲を食べた。舌ばっかりバチバチ刺激して、あんまり美味しいものじゃなかった。欲望にもどうやら味の違いがあるらしい。
 じゃああっちの人はどうだろう。こっちの人は?そう何人も試しに食べてみると、一人一人、そして欲望のひとつひとつで、味が全く違うことが判った。生まれたばかりの赤ちゃんの欲はちょっと味気なくて、死にそうな老人の欲はぼやけた変な味がした。好きな人を一目見たいなっていう気持ちは花の蜜みたいな味だったし、殺してやりたいって呟いていた人の願いはどろどろのコーヒーみたいな味だった。  
 そうやってすれ違い様に色んな人の欲を食べて、どんな味がするのか研究する。何が一番美味しいんだろう。口にしながら○×と順位を付けて、自分の中で比べてみた。昨日の人はベリーみたいで美味しかった。今日の子はトウガラシみたいで食べられたものじゃない。そうやって決めていく順位で、でもやっぱり忘れられないのはあの味だな、と思う。
 だから一週間後に、報告がてら彼女のところに遊びに行った。欲ってすごいね。色々欲ってやつを食べてみたけど、何故だか君の欲が一番美味しかったよ。だから、とそうベンチに座るあの子に話しかけたら彼女は一瞬目を見開いて惚けて、それからあっ!て顔をして嬉しそうに笑っていた。
「私とその話したの貴方だったのね!」
「……え?うん、……うん?」
「よかった会えて」
 話した内容は覚えているのに、誰に話したか思い出せなくて悩んでたの。そう朗らかに笑った彼女は安心したように胸を撫で下ろしていたけれど、こちらの心臓はばくばくと嫌な音を立てるばかりだった。
 だって、覚えてないってどういうこと。この間話したばかりなのに?と嫌な気持ちがぐるぐる回って、口からもトゲトゲした言葉になって転び出る。彼女は驚いた顔をしていたけれど、それでもぱちぱちと目を瞬かせるばかりで特に堪えた様子もない。
「不思議ね。きっと貴方に話したかったんだと思うんだけど、どうしてだか忘れちゃった」
 でもまた会えたしいいかな、と呑気に笑う彼女の顔を見下ろしながら、心臓が痛いぐらいだかだかと跳ねるのを聞いていた。記憶が欠けている。そうと気付かない程鈍ければよかったのに、気付いてしまったら嫌な予感ばかりが押し寄せる。
「そういえば、さっき何を言いかけてたの?」
「……いや、なんでもないよ」
「そう?」
 簡単なお願いくらい、別に聞いたっていいのに。変なのなんて呟きながら首を傾げる彼女の中に、『貴方に話したい』と望んでくれていたらしい欲はもうひとかけらも残っていない。
 僕が食べてしまったからどこにもないの。そう聞いて、答えが返ってくるなら楽なのに。誰も知らない問いかけは口にもできず、恐ろしくてもう一度と望むこともできず、笑いかける彼女から目を逸らすことしかできなかった。

お題:欲望

3/2/2023, 7:10:23 AM