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その瞬間。なぜだか、胸の奥がぎゅうと締め付けられた。


くしゃりと胸のあたりを掴む。


理由も分からず、ただただ胸が苦しかった。
何か、とても大切なものを失ってしまったような。しかし同時に、この星空をずっと待ち望んでいたかのような。そんな不思議な感覚だった。
何がこんなに苦しいのか分からないし、そんなことを経験した記憶も無いのに、ただひたすらに悲しくて寂しくて、けれど、覚えてすらいないそれはとてもあたたかい記憶のような気がした。


「っ……」


気がつけば、ツー、と涙が頬を伝っていた。


何も覚えていないのに。分からないのに。胸が苦しくて、寂しくて。でも、胸の奥はあたたかくて、記憶の中で自分がとても幸せだったことは何故か分かった。


「え……どうして、泣いてるの……?」


隣の宇宙人に、泣いているのがバレてしまった。綺麗な瑠璃色の瞳がまん丸に見開かれている。
咄嗟に涙を拭って「なんでもねえよ」と答える。


「…………そっか」


彼は穏やかにそう零した。


星空を見上げる彼の目は細められていて、何故か嬉しそうに口元を緩ませている。そんな彼を目にした途端、また理由も分からないまま胸の奥と目尻がじわりと熱くなる。


再び、涙が頬を伝っていく。


全てが不思議だった。


こんなに悲しいと感じているのも、涙が止まらないのも。見上げている星空がとても綺麗で、それをなぜだかとても嬉しく感じるのも。


隣の彼は、泣いている理由を何故か聞いては来なかった。星空を見つめているその目には、一体何が見えているのか。いつも掴みどころのないこの男が、何を考えているのかなど、分かるはずもない。


ただ、何故か。


星空を見上げているこの瞬間だけは、自分と隣の彼は同じことを考えているような気がした。

4/6/2024, 2:01:24 PM