「なんなわけ? ただの白いノートやし」
ミスズはサチが取り出した『雪待ちダイアリー』を手に取り、不思議そうに眺めている。
雪待ちダイアリー。雪が降る季節を待つ人たちのための日記帳、というコンセプトで発売された真っ新なノート。本紙には白色度が高く雪原を思わせる真っ白な紙を使用している。
「雪を待つ間の想いをひたすら綴るノートなの。いま色んな人がSNSに上げてて、バズり始めてるんだわけ」
ただの白いノートだが、このコンセプトが知られるようになると徐々に販売数は伸びていった。
冬の寒さが増してきても、降り出さない雪を待つ心情に、会うことのできない人への想いを忍ばせて書くのが「切ない」「深い」と多くのリプライを集めるようになった。
冬の初めが最も売れ行きが上がるシーズンではあるが、雪解けの時期から書き始めても、去ってゆく恋人への想いに重ねる人もいた。
「でもここ沖縄やさー。待ってても雪降らんし」
「そう、そこがいいんやさ。見ててよ」
サチは細長い紙の箱と青いインク瓶を持ってきた。そして箱を開けると、中から鮮やかな模様のあるガラスのペンを取り出した。
「でーじキレイ。なにそれ? ガラスペン?」
「琉球ガラスの職人さんが作ったガラスペンさ。いまから雪ぞめ式をやるわけ」
真っ白な紙に初めてインクを入れることを雪ぞめ式と称する流れもこの商品から始まった。「#雪ぞめ式」で検索するといまでは10万件以上がヒットする。一般的にはボールペンで書く日記だが、映えを意識するユーザーは万年筆やガラスペンにこだわって、最初に雪を染める色にも頭を巡らすようになった。
「これはなに色?」
「琉碧(りゅうせい)。沖縄の海の色」
そしてサチは、ガラスペンにインクをつけ、雪を染めた。決して来ることのない憧れの人を想う詩とともに。
雪待ちダイアリーと琉球ガラスペン。この組み合わせで投稿された画像は、一気に世界を駆け巡った。
12/16/2024, 2:09:36 AM