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#大好き


「おいし~! シュークリーム大好き~!」
 両手に大事に大事に包んだシュークリーム。クリームがこぼれないように慎重にかぶりつき、もぐもぐと口を動かして、ごくりと呑みこんでから、「さいこ~!」と高らかに叫ぶ。
 喜びを噛み締める彼女の横顔を、ぼくは苦々しい思いで見つめていた。
 一週間前は何とかというミュージシャンのライブに付き合って。
 三日前は何がおもしろいのかわからないマンガを買って貸して。
 今日はコンビニに立ち寄って、少しお高めのスイーツをおごってやった。
 ぜんぶ彼女の『大好き』なものだ。けど『大好き』なものを与え続けるぼくに、『大好き』を与えてくれたことは一度もない。
 彼女のいちばんの『大好き』をプレゼントできたら、もしかしたら……?
 思い当たる人物が、ひとりだけ。
『大好き』なあの人の隣で食べる『大好き』なシュークリームのほうが、もっともっとおいしい。
 ――でも、
 ぼくは手の中のシュークリームを見つめ、小さくかじる。クリームのとろけるような甘さとなめらかな舌触り。けど、ざらついた心を融かすにはまったく足りなかった。

 ……彼女のいちばんの『大好き』だけは、どうやら与えてやれそうにない。

3/19/2025, 2:17:45 AM