一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・あの日から、決めたこと。

 電車で席を譲ったら、「すみません、ありがとうございます」と言われた。
 僕はにこやかに言った。
「どうぞ、どうぞ、ごゆっくり」
 親切は気持ちよく。感謝には笑顔で応える。ある時から僕はそれをモットーにしている。
 脳裏に浮かぶ彼女の顔を戒めとして。驚きに目を見開いた彼女の顔を。
 あれは中学生時代のことだ。学校の階段から落ちそうになった同級生女子を助けた。
「ありがとう、ごめんね」
「謝る意味とか意味不明」
 彼女の言葉にカチンと来て、噛みつくように言い返した。思春期特有の正誤感覚は、攻撃的で妥協や白黒以外を認めない。
 彼女は、もう一言「ごめんなさい」と呟いて顔を伏せた。
 彼女の萎縮した様子に、背中がカッとして熱くなった。言わなくてもいい主張をした自分に気が付き、罪悪感で胸が潰れそうになる。しかし、勇気のない僕は何も言えなかった。
 それ以降、彼女と話をした記憶はない。

 親切に自己主張を持ち込んではいけない。
 後悔は先に立って旗を振ってくれやしないのだから。

テーマ; ありがとう、ごめんね

12/9/2024, 4:09:06 AM