赤い雫が視界に入る。飛び散った生温い感触が、僕の頬に付着した。こちらに覆い被さるような姿勢で膝をついた彼は、高く屈強だった体躯を今にも踞りそうなほどに折り曲げて、荒い息を吐き出している。目を見開いたままそんな様子の彼を見つめた僕は、気付いたらその手を伸ばしていた。僕は傾く彼の身体をそっと抱き締め、その背中に腕を回す。ぬるりとした血液が手のひらに触れ、彼から溢れ出る夥しい量の鮮血は、もうどうすることもできないことを僕に悟らせる。
「・・・・・・お怪我は、ありません・・・・・・か?」
消え入るような声が、普段と変わらぬ穏やかな調子でたずねてくる。僕が微かに頷くと、彼は「・・・・・・良かった」と、心底安堵したように息をついた。
彼の吐息と共に、何台もの車が僕の後ろに到着したのが分かる。車からバタバタとした足音が下りてきたのが聞こえ、すぐさま僕と彼の周りを囲むようにして大人数の人だかりができた。
「ご無事ですかっ!?」
人だかりの一人が大声を上げた。僕を守るように躊躇いなく銃弾の前に背を向けた彼の、今にも事切れそうな様子を目にして、すぐさま声を上げた人物はこれまでの事態を把握したようだった。
「早くこちらへ!」
銃弾の雨は止んでいた。駆け付けてきたこちらの援軍に、敵対勢力もすでに逃げ去った後らしい。
僕は傾いできた彼の頭の後ろへ手を置いた。ぽんぽんと労るように軽く撫で、もう身体を保っていることもできないらしい彼の耳元へ、そっと言葉を溢す。
「お疲れさま。君が居てくれて助かった」
今までありがとう。そう言ったのが最後まで届いたのかは分からないが、項垂れたまま動かなくなった彼の陰から抜け出し、僕はこちらへやって来た幾人かの人に支えられるようにして車へと乗り込んだ。
僕が乗車したのを確認すると、運転手はすぐさまハンドルをきる。先程までいた場所が遠離っていくのを、後部座席に背中を預けながらバックミラー越しに眺め遣る。その中に血だらけになった彼の姿が映り込んだ。
僕は最後に掛けられなかった言葉を秘かに飲み込んで、視線を窓の外の過ぎ去る風景へと向けた。
【「ごめんね」】
5/30/2023, 8:22:02 AM