星乃 砂

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《巡り逢うその先に》
        番外編
〈黒鉄銀次という男〉  ①

        
主な登場人物
 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
   玲央      (れお)
   真央      (まお)
   綾乃   (母 あやの)
 椎名友子  (しいなともこ)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 東山純 (ひがしやまじゅん)

 向井加寿磨 (むかいかずま)
   ユカリ      (母)
   秀一      (義父)

 桜井華   (さくらいはな)
   大樹  (父 たいじゅ)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
   樹      (いつき)
 葛城晴美 (かつらぎはるみ)
 犬塚刑事    (いぬづか)
 足立刑事     (あだち)

 柳田剛志 (やなぎだたかし)
 桜井大樹(さくらいたいじゅ)
 横山雅  (よこやまみやび)

 京町琴美(きょうまちことみ)
 倉敷響  (くらしきひびき)

 黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
   詩乃    (母 しの)
 海江田

銀次の母 詩乃は中学の卒業式を終えるとそのまま電車に飛び乗った。
「あんな家、二度と帰ってやるもんか」
詩乃の父はアル中で、月に10日働いたことがない。
毎晩酔っ払い詩乃に暴言を吐き暴力を振るうこともあった。
最近では夜中に詩乃の布団に入ってきて胸や下半身を触ってくる。
母はそれを見て見ぬふりをする。
このままでは、父に犯され父親の子を身籠りかねない。
なんの当てもない。
所持金35000円足らず。
ともかく、住み込みの仕事を探すことにした。
降り立った駅は、詩乃の見たことがないほど大きな街だった。
たくさんの人が行き交っている。
詩乃の町の人を全員集めても、こんなにはいないだろう。
ここでなら、私を雇ってくれる所がすぐに見つかるだろう。
詩乃は駅から少し離れたところにある工場に向かった。
「すいません、住み込みで雇ってもらえないでしょうか?」
「君はこの辺の子じゃないね、年はいくつだい?」
「15です」
「そう、ちょっと待っててね」
詩乃は事務所で待っていた。
感じの良い人だったな、ここで働けるといいな。
そんな事を考えていると、外で話し声が聞こえてきた。
「通報してきたのは貴方ですか」
「はい、どうやら家出娘のようなので」
マズイ、警察に通報されたのだ。
捕まったら、家に連れ戻されてしまう。
詩乃は窓から飛び降り一目散に逃げ出した。
詩乃は逃げながら考えた、正直に15才だなんて言うんじゃなかった。
今度は化粧をして19だと言おう、名前だって偽名にすればいい。
しまった!うっかり履歴書を置いてきてしまった。
実家にも連絡がいくだろう。
もうこの街にはいられない。
詩乃はそのまま駅に向かいどこ行きだかもわからない電車に飛び乗った。
どのくらい時間がたったのだろう夕陽のキレイな湊町に着いた。
なんてキレイな夕陽なんだろう。この町なら私を受け入れてくれるかもしれないと思った。
駅前はさっきの街とは比べものにならないが、詩乃の住んでいた町よりはましだ。
湊町なので、漁港に行ってみたが日が暮れる時間に人などいるはずがない。
お腹も空いてきた。
今晩はどこに泊まろう?所持金があまりないので、ホテルになど泊まれない。
かといって3月の夜に野宿などできやしない。
どこか朝までやっているお店はないだろうかと探していると、“純喫茶スナック”という変なカンバンを見つけた。
扉を開けると、‘カランカラン’とドアベルがなり、カウンターの中にいた女性が顔をあげた。
「いらっしゃい、見ない顔ね」
女性は派手めで、若作りをしているが、四十路を過ぎていそうだ。
この店のママなのだろう。
ママは私を上から下まで眺めたあとに、「アンタ、迷子かい?」と言った。
「いえ、そういう訳じゃないんですけど、あの...」
「ピラフでいいかい?」
「はい」
「2階の手前の部屋が空いてるから荷物はそこに置いといで」
詩乃は呆気に取られていた。何も話していないのに、全てお見通しって感じだ。
「慣れるまではタダ働きだよ。食事は、ある食材を使っていいから自分で作ること」
「はい...えっと」
「私のことはママとお呼び、アンタは今からアケミ18才だ。いいね」
「はいママ」 
神様、素敵な出会いをありがとう詩乃は心からそう思った。
店の営業時間は11時から14時までが喫茶店として、軽食も出している。18時から26時までがスナックとなる。
夜の部は最初は20時までで徐々に長くしていくそうだ。
ママは、私の事を何も聞いてこない、それが嬉しかった。
1週間2週間と経ち接客にもだいぶ慣れてきたが、ヨッパライの相手には苦戦している。
お酒も少しずつ練習している。
ビールを水で割ったり、ウーロンハイと言いつつ烏龍茶を飲んだりしている。
1ヶ月もすると、私目当てで来てくれるお客さんもできた。
3ヶ月経った頃にはヨッパライの相手も無難にこなせるようになっていた。
「アケミ、この商売続けられそうかい?」
「はい、大丈夫です、一生懸命頑張ります」
「そうかい。そろそろフルタイムで働いてもらおうかね。これからは、お給料も出してあげるよ」
嬉しかった。ママに認めてもらえた事が、すごく嬉しかった。
でも、鏡の中の私は派手な化粧をしていて、とても15才には見えなかった。
本当にこれでいいのだろうか。
15才の娘に酒を飲ませ、深夜までホステスとして働かせているママを本当に信じていいのだろうか?ただ、ここを出ても行く宛なんかない、せめて18才になれば...
今はここでやるしかない。
ここに来て半年たった頃19才(本当は16才)の誕生日を迎えた。
ママやお客さんがお祝いをしてくれた。
誕生日だからという事で何度も乾杯をさせられ、初めて意識を失った。
胸が押し潰されそうな息苦しさを感じて目が覚めると、誰かが私の上に乗っている。
「何をしているのですか?」
「おや、目が覚めたかい。気持ちいい事をしてるんだよ」
男は常連のお客さんだった。
私は裸にされている。
「やめて下さい。ママ、ママ助けて!」
「ママにはちゃんとお金を払っているんだ、呼んでも無駄だよ」

 “裏切られた”

イヤだイヤだイヤだ
詩乃は全力で抵抗していると、
‘ゴン’と鈍い音がして男の力が抜けた。そして、何か温かいものが詩乃の胸を濡らした。
暗くてよくわからない。
男を押し退け明かりを点けた。
男は頭から血を流している。
詩乃の右手には花瓶が握られていた。
“私、殺してしまった”
“人を殺してしまった”
気がついたら、裸のまま外へ飛び出していた。
“もうおしまいだ。死のう”
そのまま海に飛び込んだ。

           つづく

8/19/2024, 11:46:11 AM